2017年08月21日

剣山 夏の山野草


剣山はもとより、標高1,800メートルを超える四国の山の象徴は笹。
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カバとトットでカバトットというアニメがあった。
カニの甲羅にコウモリの羽根でカニコウモリ?
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ナンゴククガイソウには虫たちが群がるが、花の盛りを一足先に過ぎた。
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華を持った花、造形の妙、葉っぱの下でかくれんぼまでするキツリフネ
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艶姿ナミダ娘 色っぽいね
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すみれ色の涙というよりも天真爛漫なソバナは剣山の夏を彩る碧い宝石
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白いソバナ かつて白いソアラが人気だったあの頃
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青空の澄んだ色は初恋の色
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花の数でもたおやかな美しさでも凛としたたたずまいでもシコクフウロ
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ザ・ピーナッツ? あみん? ベッツイ&クリスは違うみたい
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駈けてきた乙女
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ギンバイソウ かつて横浜にいた銀蝿草? いえいえ銀梅草です
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剣山の石灰岩地、行場で見かけるかれんなヒメフウロ
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紫の山野草ということで
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幸福を呼ぶオトギリソウということで
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幸せを呼ぶ白いハナウドということで(サッカーはしません)
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コモドギク、レイジンソウは見落とした。
チドリの仲間も見かけなくなった。

植物の花と人間の花とどちらがいいかはわからない。
ただ、人間の花は肖像権があるので…。

タグ:剣山
posted by 平井 吉信 at 23:22| Comment(0) | 山、川、海、山野草

剣山 キレンゲショウマの谷


これまでに何度も書いてきたので
今回は写真のみで。

霧深い谷の湿潤な大気に凛と咲く風情が美しい。
下をうつむいている花もあれば
天を仰ぐ花もある。

2017年の夏、キレンゲショウマと剣山。
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キレンゲショウマをあとに刀掛の松に戻る。
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よみがえるキレンゲショウマの谷 剣山
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176467785.html

冬の「天涯の花」しずかに
http://soratoumi2.sblo.jp/article/110750913.html

台風に負けず キレンゲショウマ、剣山(2014.8.14)
http://soratoumi2.sblo.jp/article/102456212.html

誰のため? キレンゲショウマ
http://soratoumi2.sblo.jp/article/85576708.html

剣山 2013 キレンゲショウマ・パルマータ 
http://soratoumi2.sblo.jp/article/72167914.html

キレンゲショウマ 2013
http://soratoumi2.sblo.jp/article/69483208.html


夏の剣山、キレンゲショウマ、そして次郎笈
http://soratoumi2.sblo.jp/article/57577968.html

剣山の山ふところ
http://soratoumi2.sblo.jp/article/57414716.html
posted by 平井 吉信 at 22:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年08月20日

剣山の行場


西島駅から15分で刀掛の松という三叉路に到着する。
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まっすぐ登れば最短距離で山頂(正確には山頂東の神社とヒュッテ)に、
右へ回れば大剱神社経由で山頂へ。
(刀掛の松〜大剱神社のトラバース道は剣山でもっとも静かな散策が愉しめる。ルートとしてはここからではなく西島駅から大剱神社へ向かうのが一般的)。
左へ下れば行場へと降りていく。
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キレンゲショウマの咲く谷もそこにある。
穴吹川の源流から東へ延びるトラバース道をたどれば一ノ森への稜線へ辿り着く。
西へと登り返すと刀掛の松に戻ってくる(このルートは一方通行となっていて現地に表示がある)。


行場へ行く途中の斜面は石灰岩質でざれやすい。
(剣山の山頂付近はかつて海の底だったということか)
数年前に斜面が崩れてキレンゲショウマが壊滅したのではと心配されたが
蘇ったようだ。

一方通行なのでここをまっすぐ行き、左手から上がってくるというのが行場周辺の谷の周遊ルート。
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ヒメフウロを見ながらしばらく進むと左手に「鶴の舞」という岩場。
そそり立つ崖の上の割れ目を持つ岩で
この岩のまわりを蟹の横ばいのように岩を抱えて廻るのが行。
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鶴の舞の上方の斜面は行者野と呼ばれる場所。
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谷をトラバースしたところで、不動の岩屋がある。
ここは鉄の垂直階段を降りて水が滴る鍾乳洞の内部に入り
奥に鎮座する不動明王にしたたり落ちる湧き水は聖水かもしれない。
ヘッドランプがないと湧き水までたどりつけない。
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ここで重症の男性を地元の男性が救出した動画(番組)がある。
https://www.youtube.com/watch?v=IQpgDkoXaJo
https://www.youtube.com/watch?v=93bPPPjCXe4
(本人出演による現場での再現劇)

ここで奇跡的な救出を行った井上惣介さんとは
2016年11月にぼくが講師を務めたセミナーにご参加されていて対面することとなった。
お話しをしてみると冷静かつ誠実さがにじみ出るお人柄で信念を持った方と強く印象に残っている。
(井上さんのこの人命救助は26歳のときで、つるぎ町が半田町と呼ばれていたときである。この尊いできごとを知ったのは近年のことで、このときは知らなかった。お会いしたときは社長になられていたが、見る人がみれば初対面でもわかる雰囲気を持った方で、大きなご加護を賜っておられ、それを社会のために役立てようとされているように見えた)

続いて岩の割れ目に鎖が見える。
この鎖を登る行を行う場所。
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(しかしどうしてこうも割れ目と孔ばかりがある場所なんだろう。修験の場でありながらエロスを感じる)

霧が立ちこめる谷を下っていく。
この幻想的な光景にいつも高まる。
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谷の岩場で黄色い点在が見える。
このような場所でキレンゲショウマが生きていた。
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谷に薄日が射したり霧が立ちこめたりの神秘のとき
それに見とれて半時間足が止まる。
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穴吹川源流の谷を降りたところで東の一ノ森へ向かうトラバースと
西の行場めぐりを続ける路とに分かれる。
左(西)へ行くと巨岩を従えた両剱神社。
岩の巨きさが写真で伝わるかどうか。
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三十五社と呼ばれる社と岩
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さらに進むと古剱神社。この背後の大岩の上に鶴の舞があるはずである。
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神社へと降りてくる谷の上方に鍾乳洞の入口が口を開けている。
かつては奥まで入れた痕跡があるようだが
現在は崩れて侵入できない。しかし奥から風は吹いてくるのだとか。
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行場はさらに下に上にと続くが
カメラなどの装備を持った身では行くことができない。
西へ登りかえしてキレンゲショウマを愛でつつ刀掛の松へ戻る。

ロマンを楽しみたい方のために動画で
「エリ・コーヘン氏、同行記録 徳島・剣山史跡巡りツアー」発想の旅、第1部 「剣山を昇る」
https://www.youtube.com/watch?v=Jmg2FFAjyFA

祇園祭り・剣山の謎
https://www.youtube.com/watch?v=N4TR32mPxrs
タグ:剣山
posted by 平井 吉信 at 23:43| Comment(0) | 山、川、海、山野草

剣山への接近 


神山方面から峠を越えて木屋平へ入る途中で
道ばたの山野草(ヒオウギ)を見ることができる。
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鮎喰川は良質のアユを産するのは湧き水のため
水温を冷たく保ち、アユの餌となる苔が腐りにくいため。
上流部の水は確かに冷たい。
道幅の広いところに車を停めて渓流を眺める。
冷たい風と水音の清涼感がご褒美。
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谷間の木漏れ日が渓流の岩に光の粒子を散乱させる。
聖なる存在が現れる波紋のように。
光は粒子でも波動でもある。
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川井峠を越えると木屋平だ。
峠には娯楽施設や飲食店などがある。
まちに住んでいる人から見れば
「イノシシとシカしかいないと思える」場所にある。

穴吹川沿いにタキユリも見かけた。
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穴吹川は日本一の清流などで知られる。
水質は抜群で下流は香川県民の御用達の水遊び場となっている。
(かつてゆめタウン高松が徳島県民の買い物の御用達となっていたのと同じ)

けれど、昭和51年に穴吹川の源流を襲った大災害が環境を一変させてしまう。
接近した台風17号の影響で
9月8日から13日にかけての剣山での合計雨量は1837.5ミリに達した。
(1週間弱で1年分の雨が降った感覚)
その結果剣山系の北東斜面が地滑りを起こし
穴吹川上流が埋まってしまったとされる。
(激甚災害となったこの状況で人的な被害がなかったのは備えというソフトができていたから)
そのため、穴吹川上流は階段(堰堤)だらけ、川沿いの道は一部でハイウェイとなった。
この風景は川底を実験場のように施工している。
画面中央の落ち込みは打たせ湯のようだ。
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剣山が近づくと現れる不思議な標識「コリトリ」まであと○○km。
コリトリとはかつての剣山登山の拠点となった場所。
ご覧のように堰堤が無数に続く地形。
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ここから現在の剣山登山の拠点「見ノ越」に向けて高度を上げていく。
道ばたの山野草にも目を向けながら。
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高度を上げると見えてきた。
ここが昭和51年災害の爪痕なのだろうか。
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見ノ越に車を停めて階段を上がると登山の入口である剱神社が見えてくる。
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リフトで西島まで上がれば片道1000円(15分)。
横目で森を眺めつつ、足元には季節の山野草が咲く。
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アサギマダラも花に集まっていた(写真は撮れず)

リフトを使わなければ西島まで森を抜けて1時間。
リフトを使う意義は、一度でいいから剣山へ登ってみたい人で
体力に自信のない方、高齢の方など。
山開きの期間で天候が急変しなければ登頂は容易だ。
その場合、ルートはまっすぐ直登せず、
大剱神社経由のゆるやかな登りを取る。
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追記

小さな子ども連れの若い家族、カップルは、
天候の急変やけがなど緊急への備えをしつつ
子どもがはしゃぎすぎないようペース配分、適切な水分補給など
家族の体調管理ができることを前提に
見ノ越駐車場から上がるのも良い経験になると思う。
いざとなれば帰りはリフトで降りることもできるのだから。
タグ:剣山
posted by 平井 吉信 at 13:11| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年08月18日

剣山は近かった


この剣山、見ノ越からリフトを使えば
1時間もたたずに山頂へたどりつく。
山頂へは幾重にも道が延びているが
上をめざせばどこから行っても山頂に着く。
山頂は広い草原になっていて名前の由来と合わない気がする。
山頂は植物保護のため木道が設置され
ところどころのベンチで風に吹かれて昼を食べる人たちが少なくない。

8月の剣山は暑いかって?
いや、まったく。
登りはじめの樹林帯は湿気があって汗をかいたが
尾根筋に出ると風が涼しい。
念のため、500mlのペットボトルを2本用意したが
下山までに1本で十分だった。
(最低1リットル分、できれば1.5リットル持っていると安心)

コースはリフトを使わず西島駅まで樹林帯を抜け、
テキサスゲートのあるシコククガイソウの脇をすり抜けて
刀掛けの松まで上がり
東の行場にあるキレンゲショウマの谷へと下る。
再び松まで戻ると尾根を直登して頂上直下の神社をめざす。
そこから木道を歩いて山頂へ。
今度は西へ下って次郎笈のコル(次郎笈峠)で東へトラバースしつつ
水の湧き出る岩場を上がり、さらに再度山頂をめざし
また、石灰岩の岩場を再度通って西島駅へ戻る。
ここで休憩したあと、祖谷川の源流を経由して見ノ越へ戻るという長丁場。

(ストックを2本持っている人がときどきいるけれど、ストックに頼らずナンバ歩きをしたほうが身体の負担は少ないように思う。ストックを使うことで体重は分散するが、体幹をばらばらにするような感覚=体幹を突き上げるような無理な動きを避けたいので。人と頻繁にすれ違う剣山では邪魔でもあるし)

リフトで来た人は歩き方でわかる。
西島駅を降りて気持ちが昂ぶるのだろう。
広い歩幅でのっしのっしと上がっていく。
終盤疲れるだろうな、明日の朝は筋肉痛だろうなと想像。

歩き始めは身体を慣らす意味で
意識的に遅いペースで、かつ小股で足を重ねるように歩を進める。
以前にためしてガッテンで放映していたものだが、
山を歩くとかえって疲れが取れるというもの。
それは、鼻歌を歌えるぐらいのペースで歩くのがコツというもの。
身体の老廃棄物や疲労物質が
普段より高まった血液の循環ですみずみまで運ばれていくからだろう。
疲れを取りに山へ行くという感覚を持っている人は少なくないように思う。

珍しく早朝起きて剣山をめざす。
実はそれまで貞光ルートが最短(時間)と思っていたけれど
438号が距離も時間も最短ではないかと実際に走ってみた。
すると2時間を切って見ノ越へ到着。距離は75kmぐらいだろうか。
(これだと自宅で昼を食べてから剣山へ行くこともできる)

交通量が少ないのがいい。
神山と木屋平の一部の区間は二車線で速度が出るところがある。
メインの貞光ルートは道幅は狭く、けれど交通量が多いのが難点。
排気ガスがないので空気と水を愛でながら走れるのも利点。

(続く)
タグ:剣山
posted by 平井 吉信 at 22:55| Comment(0) | 山、川、海、山野草

剣山という不思議


剣山では8月上旬から中旬のキレンゲショウマ。
宮尾登美子の小説「天涯の花」が思い出される。
小説家は剣山を魅力的なモチーフとして取り上げている。

まずは吉川英治の「鳴門秘帖」。
県外の人にはなじみがうすいが
三田華子の「阿波狸列伝」は狸が主人公ながら
手に汗を握る冒険活劇。
術のかけあい、人情の機微(主人公は狸だが人間の感情そのもの)、
物語の展開の妙と相まって、これまで読んだなかで最高。
これに比べたらスターウォーズやハリーポッターは大味すぎて。
ミヒャエル・エンデの名作「モモ」は詩的で好きだけど
説諭めいた意図が気になる人もいるだろう。

その点、阿波狸列伝はあまたの登場人物が主人公以上に描写されており
読み終えたあとでも、興源寺のお染が、沖洲の隠元が…などど
コーヒーを飲んでいるときに物語が一人語りを脳内で始めてしまう。
ぼくのなかではもっともおもしろい物語として「聖域」となっている。
(現在書籍として入手するのが難しいので、教育出版センターさんあたりが電子ブックにしていただけないかと思うのだが)

鳴門秘帖も阿波狸列伝も、
罪もなく陥れられて助けを待つ存在が剣山に囲われるように描かれる。
天涯の花では山に篭もる不遇の娘の天涯孤独の人生が動き出す。


四国という字は、八が囲われている。
八とは神を指すので、神が隠されている。
その象徴が剣山であり、
空海によって調えられた八十八箇所が結界となって守っているとのこと。
その中心にあるのが剣山という解釈。

剣山には現代もミステリーが続いている。
かつてワイドショーや特番にも組まれた大蛇騒動。
いまも未解決の幼児の失踪事件もこの地域(半田町)。

剣山には外国の神にゆかりの三種の神器が埋葬されているとかで
実際にイスラエルの政府関係者が現地調査に訪れているようだ。

物語の真偽は確かめようがないが
東西の文献や分野の異なる資料を集めて
人生をかけて剣山に壮大なドラマを描かれた方が少なくない。
邪馬台国が四国にあったという説もある。
(親父の本棚にそのような題の本があったので、阿波説は子どもの頃から知っていた。ぼくは邪馬台国は全国に点在したと考えている。卑弥呼が住処を移転しながら布教を進めたと考えるので。つまり、邪馬台国がどこにあるかよりもどのように統治されていったかの過程が大切と考える)。

剣山の西には秘境祖谷の集落がある。
昭和の時代は陸の孤島と呼ばれていた。
平家の落人伝説もある。
ぼくが東祖谷の集落を初めて訪れた20代の頃、
(付近にはアレックス・カーの最初の庵があった)
集落の子どもと遊び、大人と会話をした。
平地の徳島県人と異なる人種のような印象を受けた。
言葉が違う。関西ではなく関東のアクセントが混ざったような。

遊び方も違う。
高い崖から小さな子どもが飛び降りるが、
20代でも躊躇するような高さだ。
お姉ちゃんがいがくり頭の弟の足を持って引きずると
コンクリートのうえで頭がコンコンとはねている。
これは痛そうだ、と思ったが
姉はいじめているのではない。
弟は楽しそうに笑っているのだから。

平地がなく田んぼがつくれないので
急な斜面に芋とか雑穀を育ててそれを食べている。
もしかしたら平家の落人の末裔なのかもしれない。

イエス・キリストから空海、平家、隠密、狸、そして現代の作家たち。
剣山にまつわる物語や人物は昔もいまも奥が深いようだ。

(続く)
タグ:剣山
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年08月06日

先祖供養 いつも思い至るのはあの日とその反省に立つ行動のこと


菩提寺は檀家が多いので
盆に檀家を回ることができない。
そこで8月の第1週から回り始める。
うちはいつも6日に来ていただいている。

ご住職をお迎えするにあたって
早朝にご飯を炊くのはぼくの役割。
(米を炊くのはコツがいるので)
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その後、いつものお勤めを行う。
自己流で読経している。

開経偈
般若心経
観音経(偈)
十三仏真言
光明真言
大師法号
回向
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この経典の抜粋や順が正しいかどうかわからないけれど
かたちではないと思っているので。

家族や先祖だけでなく
72年前の広島、長崎に向けても手向けている。

広島、長崎の市長は心に残る人が多い。
現長崎市長の田上市長の「平和宣言」を注目している。
前市長の銃撃事件の後、勇気を持って立候補したのは
何が長崎市民にとって大切なのかの視点と
自分ならこうする、という信念がおありになったからだと思っている。
冷静かつ熱意を持って決断されたのだろう。
長崎平和宣言も同様だ。
市民の心を映しつつ平易な言葉を使って
冷静かつ客観的に問題提起を行うことで
受け手の心に届く発起であるように感じられる。

現アメリカ大統領を見れば、ヒロシマを訪れた前大統領との品格の差に唖然とする。
田上市長を見ていると国のトップの魂のない言葉に愕然とする。
政治は人格ではないと思う人も少なくないだろうが
愛を持って誠実に語りかけなければ、どんなに良い政策も共感を得て動かしていくことはできない。
政策とは単に実行するだけでなく、その精神が理解され浸透して
国民が担い手となることで政策は生きたものになる。

やはりそうなのだ。
自分の人生と社会、地域、国のあり方は分けて考えることができないと。
タグ:平和宣言
posted by 平井 吉信 at 10:20| Comment(0) | 生きる