2017年06月09日

いちご色の月を見たことがありますか?


キョウガソノヒダナンテ
シラナカッタシリタカッタ
ツキハイツデモアナタノミヂカデカガヤイテイルヨ
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posted by 平井 吉信 at 21:37| Comment(0) | 気象

2017年06月07日

モネの庭 マルモッタン(北川村) 初夏の写真集


どこに行くか決められない休みの日は
国道55号線を南に走る。

日和佐川で遊ぶ、いや南阿波サンラインで、
出羽島へ渡ってみる、大砂で浜遊び、大里松原でしおかぜに吹かれる、
海部川で涼む、支流で昼寝する、母川で蛍を追いかける、
生見の浜のサーフィンを眺める、室戸岬とジオパークを散策、
岬を折り返して吉良川のまちなみ、そしてモネの庭と…。

それでは日帰りで無理なく行けるモネの庭へ足を伸ばしてみる。

まだ、モネが夢見た青いスイレンには早いけれど
園内は初夏の風が吹き渡り揺れる花園と
色とりどりの睡蓮が待っている。
(解説は要らないでしょ。写真だけでいいから)
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木陰と緑とそこに椅子があったら…
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木陰のある橋から見えたのは南仏の田園風景だったのだろうか
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小さな木舟を漕ぎだしたのは小学校の頃。仲の良い男女の乗り物としてはこれ以上のものはある?
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水辺があれば近寄ってみる。それが自然な感情。
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木陰の散策路、読書? それとも昨日の振り返り?
ヤナーチェクのピアノ曲が流れてきそうなモネの庭の小径
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光の庭まで来ると訪れる人が少なくなる。人口の生態系とは思えない多様性に飽きることなく数時間。
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コメントはぼちぼち付けていくのでご関心があればときどき。

ニコンD7200+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR
(D7Kという番号がニコン。フラットというやさしい色づかいとやわらかな階調で再現)

フジ X-T2 +XF35mmF1.4 R、XF14mmF2.8 R
(DSFTという番号がX-T2。精緻で立体的な感じ)

フジ X-E2+XF18-55mmF2.8-4 R LM OIS
(DSCFという番号がX-E2。コントラストが高く色彩の見映えがする)

フジX20
(相方が撮影したもの。今回は未掲載)
posted by 平井 吉信 at 22:04| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年06月03日

シャクナゲを見て思いだした 岩崎良美


いや、80年代のアイドルは日本の歴史の星座だね。
70年代の山口百恵、キャンディーズから受けつがれた
80年代の松田聖子、中森明菜、岩崎良美、菊地桃子、斉藤由貴、荻野目陽子…。
(余談だけれど、ぼくの父はデビュー直前の中森明菜を見て、この娘は売れると思ったらしい)
互いに影響しあいながら一人ひとりが輝いている。
松田聖子についてはよく触れているけれど
いまは岩崎良美が浮かんできた。

岩崎良美といえば、赤と黒、涼風の初期の頃の初々しさもいいけれど
どんな難曲もさらりと歌いこなしてしまう。
姉は気持ち良く歌い上げる。
妹は、天使の高音でさえずりながら、ささやいたり、強い地声で凄んだり。
運命を受け容れてしたたかに生きる掃きだめに咲くバラのような歌い手にもなれる。
(YouTubeで生歌唱を見ると、ぐいぐい引き込まれる。宝物の歌手だね)

愛してモナムール
https://www.youtube.com/watch?v=dmJ-0XDqEFk

愛はどこへ行ったの
https://www.youtube.com/watch?v=FzangHs9uxo

恋ほど素敵なショーはない
https://www.youtube.com/watch?v=6-UQ5dcMB5Y

月の浜辺
https://www.youtube.com/watch?v=WqoOD9hhKig

オシャレにKiss Me
https://www.youtube.com/watch?v=8wVNBk716rg

だから、作家陣が次々と実験的な楽曲を彼女で試す(といったら怒られるか)。
同世代の日本のファンの等身大の日常とは違う非日常のヨーロッパ的な情景と
素人がカラオケでは歌えない移調、転調、リズム感を備えた難曲が続々と。
これでは大衆の心は掴めない。
けれど、そこを涼しげにこなすところが岩崎良美を感じるところ。

彼女、どれだけリズムが弾んでも、日本語の発声が乱れない!
身体のなかに吸い込まれていく歌(日本語の発音)です。
(ロックは日本語のリズムと合わないので母音と子音を不自然に伸ばすというのは技術がないのだ)
ぼくのなかでは、これ。
「恋ほど素敵なショーはないでしょう」
https://www.youtube.com/watch?v=D_teQVw-gRk

日本のポップスの歴史に残る名曲と思っている。
こんな曲をいつも描けたら作家冥利だね。
作家陣が良い仕事をしている。

ギターの刻みにほだされて風に吹かれる羽毛の歌い出し、
そっと空間に置かれた言葉が立ち止まる。
「お願いよここにいてね さよならは いや」
フレーズの最後で消え入るそよ風のためいき。

サビが移調しながらパターンで循環する。
(古典的な作曲の常套手段だけど)

調性が変わるたびに気分を変える。
編曲が次の場面を、さあ、こっちよと案内する。
楽曲を活かす大陸的な抑揚の伸びやかな編曲、
楽曲から浮かび上がる軽やかに弾む声。
幾重にも切なさを編み込んだタペストリー=耳から離れない奇跡の楽曲。
こんな歌を聴かされたらデビュー前のアイドルは諦めてしまうしかない。

アルバムをすべて聴いたわけではないけれど
音を愉しむのならWeather Report、 
ヴォーカリストとしての存在感ならWardrobeかな。

不思議に思うのは1985年のプラザ合意が音楽の分岐点にもなっているのではと。
80年代のアイドルたちも80年代後半には別の領域に行ってしまった気がする。
(そしてバブルの崩壊を迎えるのだ)
アイドル以外では
松任谷由実もオフコースも80年代になって音の厚みを増しながら洗練させている。
それぞれ「SURF & SNOW」、「WE ARE」のような良い音のアルバムを完成させている。
(それはそれで頂点の音楽と思う。でも70年代のフォーク調のテイストから失った情感もある)
2010年代の音楽がこの時代の輝きに及ばないのは、
時代がアイドルやポップスを後押ししたところもあるのではないか。

というわけで、例によってCDは限定発売。
(そううたっていなくても在庫が終了後再プレスされる保証はない)

3枚組のシングル両面コレクションがもっともおすすめ。
音質もそれ以前のと違うのが試聴音源からもわかる。
(視聴もできる)


次いで2枚のオリジナルアルバムとシングルA面を組み合わせた特別企画もの。




この辺りから聴いてみたら?
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あでやかでぽっと浮かぶけれど 気がつけば存在感、妖艶なシャクナゲのようだね。
タグ:アイドル 2017
posted by 平井 吉信 at 18:51| Comment(0) | 音楽

木沢 砥石権現の新緑を散策 例え明日が特別な日であっても


バブル経済の頃はよかった。
その恩恵を受けることはなかったし
その影響を受けることもなかったけれど、
(いまと生き方も考え方も体型も変わっていないので)
だからといって斜に構えるのではなく
周囲が浮かれているのはぼくも愉しい。
でもバブルは人間の本質が浮き彫りになった。

バブルが弾けたあと、失われた20年というけれど
政治が無策であったことが幸いしたように思う。
民間では次の時代を見据えて思い思いに歩み
いまの日本の基礎(応用)ができたと思っている。
日本の時代は終わった、と誰もが思ったが
実際は本質を見つめて次の時代にするべきことを積みあげていた。
特定の企業ではなく、全体として。
(ただ、大企業は相対的に没落した。日本的合議制の意思決定がイノベーションのジレンマを招いた)
政治はどんどん劣化して現内閣で滑稽な水準にまで落ちてしまったが。

バブルの頃には道ばたにはゴミが落ちていたし
人々が列に割り込むこともあっただろう。
外国人観光客が日本をもてはやす要素はその頃はなく
「失われた20年」に醸成された、と考えれば
本質を見つめるきっかけとなったバブルは必然であり
よかったと振り返るのだ。

いつも思っていた。
隕石の衝突で生命のほとんどが滅びる事態があればどう過ごすだろう。
(いまの技術では直前にある程度予測できるようになっている)。
そんなときも日々変わらず過ごそうと思っている。
明日は来るものと思って明日の仕事の準備をいつものように行う。
その姿勢はバブルの頃もいまも変わらない。
流されない強い人間、というより自分探しをしないだけ。

このブログの読者は、ぼくがいまだにPHSや
15インチのブラウン管テレビを使っていることをご存知でしょう。
生活のなかで必要がないから変えないだけで、
変えないことを目的にしているわけではない。
自分とは何か、生き方はこうあるべき、という自分のアイデンティに無頓着なだけ。
自分は…という主語を消して生きてみると、自分が輝くという不思議。
(それが目的ではないけれど)

だから生命の輝きを感じたり自らの生命力を感じることは好き。
そんな過ごし方をするとき、春の森の散策はしっくりと来る。

そこで木沢の砥石権現の新緑を散策することにした。
まだ、蝉は鳴いていない(ハルゼミ)。

国道193号の土須峠の手前で空の高さを感じる。
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剣山スーパー林道に入ってからも
樹間ごしの空は手が届きそう。けれど、はるか。
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林道から砥石権現の西のコルに向けて適当に森を上がっていく
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葉っぱが描く幾何学でははかれない模様
性能の良いレンズがあれば楽しい
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もはやヤマシャクヤクの花や春の山野草は姿を消しているが
それでも森のベッドは薄日を感じている。
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なんという一日だろう。
森のこぼれ陽、木漏れ日、篭もれ美だ。
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もう尾根に出た。広葉樹が多様に分布していて
それぞれの花の時期、紅葉の時期には錦絵となる。
いまは萌えの一手で推してみる。
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林床の山野草は萌え。
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入山して誰とも会わなかった。
でも、この「萌え」幻灯機の投影は、
例え百人いても気付かないかも。
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尾根に出て森が明るくなる
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ヤマツヅジの今年最後の輝きは濃密なストロベリーケーキのよう
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誰が名付けたか水恋沢の明るい森はこの山の白眉
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水恋沢を下ると見晴らしの良い岩場に出る。
正面に見えるは山頂に巨人メカを従えた高城山DSFT1140-1.jpg

アケボノツヅジは終わっていたが今度はシャクナゲの出番
くるりときびすを返してマイクに向かうアイドルのように
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森の恋人は空腹なのかもしれない
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きょうも砥石権現で新緑に遊んでもらったから
いつもと変わらず明日への階段を昇る、登り続ける。
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そうそう、もう花が終わっていると思っていたヤマシャクヤクが
谷底で咲いていました、一輪だけ。
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posted by 平井 吉信 at 17:31| Comment(0) | 山、川、海、山野草