2017年06月18日

地球の黎明響き合う吉野川の黄昏 空を紅く映す紺碧の水明


睡眠負債という言葉が打ち出されている。
睡眠時間が仕事や精神面、肉体面での成果に直結しているとのこと。
さらには癌などの発病率、交通事故の発生にも深く影響しているとのこと。
寝る前のスマートフォンはその大敵とのことで
スマートフォンを持たないぼくには無縁だけど、
持っていても絶対にしない。
就寝前の魂が安らぐ黄金の時間を
青い人口光を操って過ごすなんて
脳の拷問のように感じるだろうから。
専門家はさらに続ける。
睡眠時間は7時間〜8時間程度(寝過ぎも良くない)確保できると
昼間の過ごし方がまるで違ってくる。

ぼくは音楽を聴きながら眠りに就く。
もっともおすすめをたった1枚だけ挙げるとすれば
(もったいつけているようだけど、これは身体の深いところまで睡眠に誘う音楽だと思う)

カマール「クワイエット・アース」。
眠るための音楽とか周波数特性だとかの能書きはうたっていないが
生物としての太古からの記憶が呼び覚まされて地球と共鳴する感覚がするのは
数え切れない音楽を聞き込んだぼくでもこの1枚だった。
下のリンクから視聴してみたら?
http://www.relax-garden.com/products/detail.php?product_id=81
http://amzn.to/2sLYube


クワイエット・アースを身近な風景で感じてみようとしたわけではないけれど
池田の黒沢湿原からの帰り(そのネタはまた近々)、
湿原の草や水に遊んでもらって満たされた気持ちで帰路に就いていた。
場所は吉野川の穴吹で
バックミラーに映る西空の紫と紅が混じる深さに車を停めて振り返った。
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シャッターを押したのは1〜2分、
水面に起こっている現象は炎の祭りとでもいいたげな。

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川も空も山も紺碧に溶暗していった。
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このまま水の空間に消えていきそうな感覚。
細胞は何かを感じていた。
踏みとどまって背を向けた。




タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 22:36| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年06月16日

手袋を買いに 白鳥 引田 讃州井筒屋敷 ついでにかけうどんも


無意識にやっていることなので
本人は人に見られていることすら意識していない。
同乗されると怪訝に思われるかもしれない。
それは運転中の指差し確認。

信号が変わると指さす。
左折のときは進行方向を指さす。
トンネルに入ればライト点灯を確認する意味で前方を指さす。
何か注意を引くものがあれば指さす、といった始末。

まじめに答えるのなら(金色免許を長年続けているけれど)
車の事故は、人も自分も巻き込んでしまうため
交通事故をを避けるという強い決意が潜在意識にあるのだと思う。

毎月相当額をJR四国に貢いでいるけれど
ETC財団と道路公団にも貢いでいる。
長距離の運転には体調を整えて心を平安に保つこと。
そして(ここが重要かつ大切で肝となるキーになる要素なのだが)
運転用手袋をすること。

手袋はハンドルを軽い力で安定して握れる。
汗ですべることがないし(素手と比べて汗をかきにくい)
ハンドルとの接触面を布地の面で受けているため
長距離運転をすると指の特定の場所がくたびれるということがない。
軽い力で握ってもコーナリングが安全なので疲れない。
だから1年を問わず、運転には手袋は付けている。

その手袋は
いつも香川県の白鳥町界隈で手に入れている。
(東かがわ市なんて言われてもわからないでしょう)

日本の手袋の9割はこの小さなまちでつくられている。
著名なスポーツ選手(イチロー)の手袋も
このまちのどこかの町工場の職人が手縫いしている。
事業所は切磋琢磨してそれぞれが競いつつも協力し合っている。

ときどきは取引上の理由かなにかで注文がキャンセルになったり
相手先の諸事情で納品できなかった商品が出たりすると
地元のアウトレットや販売店の店先に並ぶこともある。

それが数百円から1,000円台なので
数年分をまとめ買いしている。
(毎日使っても数年は使える消耗品ではあるけれど)

最初に行ったのは白鳥の「てぶくろ資料館」。
手袋の歴史がわかる(入場無料)。
この一室にアウトレット店がある。
店頭に欲しいサイズがなくても
奥に探しに行ってもらえることが多い。
ここで1つ購入。


国道11号線沿いには家族経営のうどん店が散在している。
セルフではなくて、注文すれば持ってきてもらえる(普通の飲食店形式)。
徳島県人はセルフには慣れていなくて
セルフのさぬきうどんを食べに行くときは緊張する。
間違った注文をしていないか、店の運営ルールに合っているかなど。
入店してしばらくは邪魔にならないところで
人の動きやら注文の様子を観察したいのだが
それがかえって目立ってしまったり
店の人に声をかけられたりして焦ってしまう。
(お店の人、どうかセルフに慣れない人のためにほんの1分だけ猶予をください)
運が悪ければうどんテロ等準備罪で捕まるかもしれない。
それが億劫でセルフ店に行くのはイオンモールに行くのと同じぐらい勇気がいる。
(徳島ラーメンを食べたのも3年前だった。何か口実がないと徳島ラーメンも敷居が高い)

服装もそうだ。徳島県人として失礼にならないようネクタイ着用が望ましい。
こんなことがきっかけとなって阿讃戦争が起こってはならないからだ。
戦力に乏しい阿波は誰が見たって讃岐に勝てない。
(徳島駅前から東新町とサンポートから丸亀町商店街を比べてみればわかる)。
唯一勝てるのは高松城を水攻めにする切り札だけだ。
(秀吉は水浸しにしたが、讃岐高松城の攻めは吉野川からの分水を止めるのだ)
すると、人命に関わるので土佐がカツオを持って、
つまらんことをやめるきに、ニッポンを洗濯しちゅうと仲裁に名乗りを上げ
団子でも食べるぞなもしと伊予からのんびり駆けつけるのだ。
四国は個性の異なる4つ以上の地域の連合体、それでいい。でも心はひとつで行こう。

もう一つは嗜好の問題。
うどんに醤油を掛けて食べるぶっかけやしょうゆうどんは
おいしく感じない(ごめん。趣味の問題)。
だからいつも、かけうどんを注文してしまう。
うどんを口に入れて歯ごたえを楽しみながら
出汁をすすって旨味を倍加させつつ
つゆの勢いでのど越しをするりとさせるという
強者どもが夢の跡といった楽しみ方ができるのがかけうどん。
そもそも、つゆに浸かっていないと食べた満足感がないでしょ。

東讃(香川県の東部)のうどん店にはかけうどんがメニューにある。
カレーうどんもある。どちらかというと、カレーうどんの充実感が捨てがたい。
(西讃でかけうどんを注文するのははばかられる)
どの店も大衆食堂の雰囲気で入店しゃすい。
(だから今回も事前に電話をかけてネクタイ着用は任意であることを確認した)
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さぬきうどんの真髄はねばりや弾力感などにあると思っている人も少なくないだろうが
さぬきうどん通はおそらく別の見方をしていると思う。
タピオカ入りの冷凍麺も評価しないはず(おっと、これも讃岐だった)。
麺の腰は風味にプラスになるばかりではないから。

実は誰でもおいしいうどんはつくることができる。
といっても小麦粉をこねたりしない(そんなマニアックな)。
稲庭うどんだもそうだけど、乾めんを使う。
乾めんは保存性はいいけれど風味は生麺より劣る?
いやいや、乾めんだからおいしいのですよ。
(生麺と食べ比べればわかる)
例えばこれ。
http://hondamen.shop-pro.jp/?pid=14411978
(うどんネタで引っ張りすぎた。うどん好きの人、ごめん)


うどんを食べたら白鳥から引田へ。
引田には醤油製造と漁師町として栄えた古いまちなみがある。
和三盆、ブリの養殖なども有名。
https://www.wasanbon.com/
http://www.kahiketagyokyo.jf-net.ne.jp/hiketaburi/rekisigaaru/index.html

おすすめは、役場(東かがわ市役所引田支所)の駐車場(国道をはさんで陸橋を渡る)に置いて
引田の古いまちなみを散策すること。
車を停めたら引田駅を出た特急うずしおに遭遇。
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高松と徳島を1時間少々で結ぶうずしお号は、1時間に1本はある。
言い換えれば、高松と徳島をほぼ同時刻に出て引田ですれ違うことが多い。
うずしおを見たければ引田だけれど、
撮影ポイントはむしろ津田川沿いとか、
津田駅を出てリゾート風の海沿いを走る辺りとか、
讃岐相生駅から阿波大宮駅にかけての大坂峠越えではないだろうか。
(瀬戸内寂聴さんの父方の実家もこの辺りとか)
実はこの大坂峠はディーゼル車にとっても少々難関で
ぼくが乗ったうずしお号も前の普通列車が車輪が空転して進めない煽りを食って
板野駅かどこかで止められたことが何度かある。
空転の原因は落ち葉であったり、大量発生した毛虫であったりするのだけれど。
特急は板野駅から勢いを付けて上がれるが
普通列車は坂の途中の阿波大宮駅から発車するため速度が上がらないのだろうと推察。
ただし阿波大宮駅は高徳線でもっとも風情ある駅。
じっくり駅舎や里山を楽しめる。DSC_6080-1.jpg

JRネタで引っ張ってごめん。

地図を見て適当に散策。車は右の「市役所P」に停めている。
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郵便局を改装したカフェがある
http://www.hnt.or.jp/food/nouvellepost/
http://guide.travel.co.jp/article/14290/
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まちなみを道なりに進むと
讃州井筒屋敷という観光案内を兼ねた旧家を利用した観光施設がある。
https://www.idutsuyashiki.com/
ここは、まちの有志が町とともに復活させた場所で体験を売りにしている。
(母屋は有料だがほかは無料。体験は別途有償)
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中庭に面して何件かのテナントが出店している。
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庭の隅には樹齢二百年という古木がある。ホルトノキとのこと。
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いったん屋敷を出て朱色の土塀が見えてくる。
かめびし屋の蔵である。
260年続く醸造元で17代目の社長のもと、若い力が伝統を受けついでいる。
http://www.kamebishi.com/index.html
http://sanuki.tv/?p=2006
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さらに進むと赤い欄干の御幸橋が見えてくる。
橋はいったん途切れて2つの川(小海川、古川)にはさまれた小径に気付く。
なぜ、この地形なのか? ブラタモリの出番だ。
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サギが浅瀬を歩いて行く。
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右手を見れば波打ち際が見える。ここは海が近い漁師町。
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再び、井筒屋敷に戻ろうと
その手前にある手袋ギャラリー(入場無料)が目に止まった。
というよりは、そこから出てきたギャラリーご担当の川田富子さんに声をかけていただいた。
それがご縁でギャラリーに入ってご説明をいただく。
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手袋の型は温めて使うようだ。
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著名なスポーツ選手の使い古した特注手袋たち。
使用後に回収して生地にどのような変化があるかを研究しているそうだ。
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ステンドグラスは室内に外光を呼び込むだけでなく自ら浮かび上がる。DSFT1748-1.jpg

業務用のペガサスミシンはいまも動くのだとか。DSFT1765.jpg

かつて縫い子さんの収入は公務員を凌ぐほどで
縫い子さんがいれば一家の羽振りが良かったのだとか。
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再び井筒屋敷のみやげ売場へと。
引田のみやげものはここで買うことができる。
川田さんは体験教室のほか、おいしいかき氷屋も兼務でご担当されているのだとか。一人何役?)
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引田でさらに一組と園芸用(草むしりをしても快適にできるそうな)を1組購入。
白鳥で買ったのと合わせてしばらくはいける。
色は白に限る。手で合図を送るとき、黒では相手に見えないから。
冬場も夏場も楽に運転できるから一度運転用の手袋を使ってみたら?
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子狐はその光がまばゆかったので、めんくらって、まちがった方の手を、
――お母さまが出しちゃいけないと言ってよく聞かせた方の手を
すきまからさしこんでしまいました。
「このお手々にちょうどいい手袋下さい」
(新美南吉)


香川の白鳥、引田は半日を過ごすにほのぼのとする地域。
鳴門から北灘を経由して行ってみれば。
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追記
讃州井筒屋敷では、
「東かがわ田舎さんぽ」(2017年5月発行)という観光ガイドブックが入手できる。
NPO法人東かがわ市ニューツーリズム協会と東かがわ市地域創生課で作成されたもの。
(地方創生推進交付金を活用されたのでは?と想像)
これは良質のガイドブックで中味を読んでいて通読してしまった。
観光振興に関心のある自治体の方、一度見ておいては?



posted by 平井 吉信 at 21:37| Comment(0) | まちめぐり

2017年06月13日

ナナフシの七不思議ぞな、もし


以下はよく知られたナナフシの七不思議。高校の生物の時間に丸暗記させられた人も多いだろう。
(1)ナナフシとは昆虫の名前でなく、種類を指す。
(モミジという樹木はなく、○○カエデであることが多いのと同じ)
(2)ナナフシと呼ばれる昆虫のもっとも一般的なのはナナフシモドキという。
(3)ナナフシモドキは俗にナナフシと通称されることが多い。
(4)ナナフシは遠めにはカマキリのように見えるが草食性でじっとしていることが多い。
(5)ナナフシの得意技は草木に擬態することである。
(6)ナナフシのオスが見つかることは稀である。
(7)ナナフシとは7つの節ではなく、たくさんの節のようなものがあるという意味。

それでこの個体、照明柱に止まって擬態しているのだけれど
あまり意味がないように思えたので声を掛けてみた。
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「もしもし、ナナフシモドキさん、見えていますよ」
ナナフシモドキいわく―。
「親譲りの無鉄砲で子どもの頃から損ばかりしている」
「もう擬態は見破られていますよ。お名前を教えてください」
「我が輩は、ナナフシモドキというナナフシである。名前はまだない」
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文豪のようなナナフシとの会話に疲れた。
はて、ここはどこだろう?
これはなかなか難しいぞな、もし。
おおかたマドンナのような別嬪さんでないと答えられないぞな、もし。

みかんをもじったキャラクター
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絞りたてのみかんが飲めるジューススタンドDSCF0671.jpg

地元の人は「まんじゅう」とはいわぬぞなもし
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甘めの出汁で昔から人気の鍋焼きうどんぞなもし。近くに2つの老舗があるぞなもし。
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団子二皿さら七銭 遊廓の団子旨い旨い ぞなもし
日持ちはしないけれど温泉のある老舗までわざわざ買いに行くぞなもし
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願を掛ける地蔵にちなんだお菓子ぞなもしDSCF7074.jpg

日本太古の温泉かも。2017年度には改修が始まるので早く見ておく方がいいぞなもし。
道後湯之町初代町長 伊佐庭如矢の英断が今日の礎を築いた。
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商店街の野菜売りの女性もやり投げをする
(↑京子さんというカリスマ的人気者の方ぞなもし)
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まことに小さな国が開化期を迎えようとしている。
登って行く坂の上の青い天に
もし一朶の白い雲が輝いているとすれば、
それのみを見つめて坂を登って行くであろう。

「坂の上の雲」主題歌 Stand Alone
https://www.youtube.com/watch?v=dCsx0IiIKi4
https://www.youtube.com/watch?v=sXpKMO4XGx8
ここから城へ上がるぞなもし
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このところ海外の人が多いぞなもし
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蛇口をひねればみかんジュースが出てくるのは有名な話ぞなもし。
香川では蛇口をひねれば、うどんが出てくるのも有名な話まい。
高知では蛇口をひねれば、カツオが出てくるのも有名な話やきに。
徳島では蛇口をひねれば、ワカメが出てくるのも有名な話なんじょ。
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少しヒントが少なくてわからなかったでしょうが、
こんな絵を見てどこかわかるんは松山のおひとぐらいじゃぞなもし。

松山はいいぞなもし。

タグ:菓子 松山 2017
posted by 平井 吉信 at 00:13| Comment(0) | まちめぐり

2017年06月10日

大川原高原の水辺 トンボは宇宙人の末裔? 光の目薬をあなたに♪


世の中のできごとを手に取ると息苦しくなる。
逃げてはいけない、現実を直視しなければ、もっとひどくなる。

でも、ぼく自身も光を必要としているので
やはり高原へ行く。午後を回っているけれど、行こう。行かないと。


いつもの水辺はやわらかな初夏の光がまわっていた。
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水辺から森へ入る。森には散策路がある。
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いいねえ。
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色のあざやかなトンボ、顔つきが宇宙人。もしかしてその末裔?
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羽根にワンポイントで朱色が入っている。誰かがマーキングした? それとも種類?
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空間に浮かぶ枝葉はオアシスのようだね。
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沢沿いに出るとシライトソウが群生
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白いくちばしを持った鳥のように見えるのはタツナミソウの仲間
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この黄色の花わからない。知っている人、教えて。
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水辺に戻ってくると浅瀬に魚の群れ。
カワバタモロコの親分のようなこの淡水魚もわからない。
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森の日だまりは心落ち着ける場所
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沢沿いの木陰は涼しげ
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水辺で遊ばせてもろた。DSFT1661.jpg

葉緑素の緑、水の翡翠、混ざり合う光の目薬をあなたに♪
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posted by 平井 吉信 at 23:32| Comment(0) | 山、川、海、山野草

勝浦町のホシケイラン 無関心な社会に警鐘を鳴らす


これは土地所有者のご好意で見せていただいたもの。
(以前から何度かお会いした方だったので)

ぼくはこの花は初めて見た。
ガンゼキランの変種だとか。
葉の斑点が花の華やかさを倍加させている。
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樹上にはセッコクも咲いている。
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日が当たり過ぎるとダメだそうで
適度な日陰が必要とのこと。

でも野に咲いてこその山野草。
生態系(遺伝子資源)の価値はお金で置き換えることができないもの。
図書館や博物館、自然保護の予算は現知事下で急激に削減されているときく。
実はぼくも図書館へは足が向かなくなった。
読んでみたい新刊や話題の著書がほとんど見当たらないから。

政治家がよく打ち出すパフォーマンス予算(成果を誇示するため花火を打ち上げるだけ)を
地道な活動に回せたらどれだけ社会が良くなるか。
県の臨時オーケストラの取り組みは不正が発覚した時点で止めるべき。
(県は被害者というけれど、不自然な使途を許す土壌を提供した時点で責任は免れない。ほんとうの被害者は県民。県民は怒っているよ)

かけた費用と成果をどう説明する?
コンサートの開催回数、参加人数と予算を比べると経済合理性の低さが際立つ。
参加者のアンケートの満足度? それをどのように施策の効果と結びつけるの?
まさかと思うけれど広報効果の定量化はできないよ。
文化行政への波及性はあるの?
国民にベートーヴェンは徳島の意識の醸成ができた、なんて言える?
(もっとも文化にはあまり力を入れないようだね。それに徳島市内に音楽ホールはないよ)
どのような動機で行われたか?
なぜ、このような不祥事が起こったのか? 
公費で行う事業である以上、委託先であっても秘匿すべき経費はないはず。
そこにメスを入れないで総括はできないよ。

ぼくは誰よりもベートーヴェンに私淑しているし
音楽については全身全霊を打ち込んで向かい合っているけれど
この取り組みはもはや感動を生まないよ。オーケストラのせいではないけれど。

こんな状況下で起こりがちなのは
関係者がまじめにコツコツやっている事業がさらに先細りするとともに
善意の事業がさらに厳しく使途をチェックされるようになる、ということ。
事業仕分けもそうだった。
悪しきはパフォーマンス予算(ほんとうの戦略的な予算は1つか2つの課題に徹底的に取り組むことであちこちに波及して好転していくこと。真の課題を見極めて集中的に取り組む例として、ジュリアーニ元NY市長が手がけた軽犯罪の徹底防止などがそうだった。あれでニューヨークは安心を取り戻し短期間かつ劇的に経済や観光の活性化に結びついた)
いくらばらまいても経済が好転しないのは、
真の課題の見極め(要因の連鎖、解くべき論点)ができていないから。

プロジェクションマッピングやLEDのイベントも徳島に似合わない。
もっとすばらしいものに気付く機会を奪っているという点で。
県のプロモーションも首都圏に対抗するという打ち出しではなく
ほんとうに対抗すべきは変革すべき内側(県民の意識も含む)ではないの?
徳島に移転すべきは消費者庁(特定の機能の地方移転という意味)ではなく、
各県の知事が力を合わせて
行政や立法機能の自主的な運営(地域主権)をめざすのが本質ではないの?


現政権の悪質度が加速してまるで戦前のような状況になってきた。
もっと政治や行政に関心を持たないと、どんどん社会は外堀を埋められていくよ。
おかしいと感じなくなったら、次の世代は大きなつけを払わされるよ。

日本の国が好きだから、四国徳島が好きだから、言わずにはいられなかった。
タグ:2017 勝浦町
posted by 平井 吉信 at 22:45| Comment(0) | 生きる

モネの庭その後 カレーの後は野生のバラで


こちらからの続き)
歩き回っているうちに14時を廻ってしまい
もう行くところは室戸市内の紅茶とカレーの店。
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スパイスの香りが生きている、
トマトの旨味、野菜の旨味が絞りこまれて
舌も心も幸福感。
シットロトさん、いつもありがとうございます。

カフェの窓越しに夏の海が記憶を越えてやってくる
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6月の上旬だからツクシイバラも見ていこう。
昼間は庭を駆け巡り、
スパイスが身体をかけめぐり
夕方の斜めの光に照らされた野生のバラを探して歩く。
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ここまでがニコンD7200+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR
ここからがフジX-T2+XF35mmF1.4 R
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植物は自らの姿を見ることはできないけれど
単に虫を寄せるために色と造形、すなわち花を付けているだけとは思えない。
それは誰かに見て欲しいから。
誰かを喜ばせたいから。
地球上の生命が共通に持っているDNA(平井吉信説?)。

不人気ブログでアクセスは限られているけれど
見ている人が一人いれば続けていける。
一日の余韻を届けるだけ。
少しずつ波紋を広げるように。


さらにおまけ。
フジのX20で撮影していた相方が
「今回は光を読むことに集中した」という作品?を。
(確かにそのねらいがわかるカットはあるけれど。ぼくより長く花に向かい合っていたから)

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posted by 平井 吉信 at 22:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草

ある日の東京 from 2017 flashback to 1991


バブルの時代、
空気を膨らませるように肩幅の広い衣装を着て闊歩していた主人公たち。

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「もっと上をめざす「クリスマスイブには!」
時代が押し上げてくれた(上げ底の)上昇感。
でも気流に乗り遅れそうな焦燥感。
理想を現実の間を感じながら取り繕う洒落た言葉、
(それができると先頭を走っている気がした)
地面から足が届かなくなるほど仮面を被った自分。
ふと、ためいきをつく(虚無感)。
素顔に戻れる相手、素顔を受け容れてくれる相手に
いつかめぐりあうかもしれない…。
求めつつも流されていく。
寂しい―。
あの日 あのとき あの場所で 君に会えなかったら…。

そこに小田和正が入ってきた。
(あの月曜9時のトレンディドラマを実は見ていない)

地球の歴史では、生命を絶滅させる大異変が数回起こっている。
奇跡的に生き延びた生命がその後に爆発的な進化を遂げた。
(マイナス50度で地球が凍り付く全球凍結、
地表が1,000度の灼熱地獄に包まれた隕石衝突…想像できる?)
手厳しいけれど地球の愛情なんだね。
バブルもそう。
浮かれることもよかった。それが崩壊することもよかった。
次の進化のための過程と捉えられるから。
バブル崩壊後の「失われた20年」ではなく、
「変革と創造の20年」と考えてみたら?
(乗り遅れたのは大企業だったけど)
いまの経済政策はこの流れに逆行している。
10年後、20年後の暮らしを見つめて
どの方向へ舵を切るかが必要。
目先の株価や成長率だけを追っていると
世界でもっとも宝物に恵まれた日本の良さを失ってしまうよ。
めざすべきは経済のリーダーではなく、世界に道を示す生き方のリーダー。
でもそれがかえって経済成長にもつながるはず。


あれから四半世紀、失ったものもあれば得たものもある。
時代を否定することも肯定することもなく
淡々と自分の生きる道を歩いていただけ。
バブルに乗ることはできなかったけれど
(乗りたかったけど、お金を持ち合わせていなかったから)
バブルに浮かれた時代、いい時代だったね。

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  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★


時代はときどき過去から未来へと手紙を届けるように
不定期なワープを仕掛けてくるね。
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携帯電話は限られた人だけ。
― いま、どこにいるんだろう。何をしているんだろう―。
つながるまでの時間が感情に水をたっぷりかける。

スマートフォンを持たないぼくは
まだあの頃の時間を体内に持っている。
(もしかしたら手放したくないのではないかと)

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いまの東京に泡が弾ける狂騒はないけれど
あのときの舞台のようなまちなみを感じつつ
東京を歩き、空を飛んだ。
仕事の余韻を楽しみつつ立ち去る2017年初夏の東京。

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タグ:東京 2017
posted by 平井 吉信 at 11:31| Comment(0) | 生きる