2017年06月26日

花に包まれて


短いようで長い、長いようで短い人生で
夏を待つことなく旅を完結させた人のために
口屋の浜から花に包まれてお送りしたいと思ったので。

銅の夢 栄枯の旅路 舟乗りて 櫂の滴と漕ぎ出す君に
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posted by 平井 吉信 at 22:31| Comment(0) | 生きる

2017年06月25日

ほのぼのと明日香村(回想) 初夏になれば吉野の葛餅 


中学の頃に訪れて以降、明日香への思いはずっと続いている。
天武持統陵、高松塚、キトラ、牽牛子塚―。
古墳の文献を読んでは思いをめぐらす。
考古学や文化人類学は大好きだから。

春の石舞台古墳辺りに明日香川沿いを散策。
夏のせみしぐれに甘樫丘(あまかしのおか)から大和三山を眺めた。
秋は明日香川上流を逍遥しながら万葉集をひもとく。
明日よりは 二上山を 弟背と吾が見む―
平城京ナンバーワンの皇子の運命は暗転する。
(大津皇子は誰が見てもプリンスでしょう)
弟を想う恋慕にも似た姉(大伯皇女)の気持ちが滲みてくる。
https://ameblo.jp/naranouchi/entry-11821258347.html
明日香はふるさとのように心に住み着いた。

駅に貼られていた観光ポスター。誘われて明日香へ行ってみた
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こんな表情の石がなぜここにある? 明日香は木訥な語り掛けのオブジェばかりで好き。
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衝撃の壁画が見つかってからどれだけ時間が経っただろう。
高松塚やキトラの壁画は人類の英知をかけて復元保全する義務がある。
大君が葬られた頃を追想しながら歩く明日香路。
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飛ぶ鳥の飛鳥、明日香村。
いにしえ人の思いに触れることは身体中の細胞が共鳴する温もりを感じるはず。
いまの私たちに箴言をもたらしてくれるだろう。
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天河神社は浅見光彦シリーズでも有名になったが
芸能の神様はここにおわす感じがする。
さらに足を伸ばして室生寺や伊賀上野なども。

近所のスーパーで催事販売として売られていた吉野の葛餅。
(がんばれキョーエイすきとくは買って応援している!)
東からの太陽は簾をすり抜けて
ちゃぶ台の葛餅にこぼれた。
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かつて明日香村、吉野を訪れて天川まで足を伸ばした際に
陀羅尼助丸とともに求めたことがある。
みやげもの用と地元でその場で食べるものは違うから
やはり吉野に足を運びたい。
そんなことを思い出して、また明日香へ行きたくなった。
明日香の話はまた今度。
(語り出すと20万文字はしゃべってしまうけど誰も付き合ってくれないでしょ)


posted by 平井 吉信 at 23:04| Comment(0) | 趣味

陰と陽の織りなす時刻 色彩がこぼれ落ちる


梅雨らしい雨は少し滴ったけれど
(局所的には大雨の地域があったが)
大地や森林に雨は足りていないこの頃。
湿度は高く蚊が飛び交う時刻。
庭のキキョウを見た。
薄墨色の夕刻に
深緑を背景に浮かび上がっていた。
昼とも夜とも言えない相補性の光から
物体に潜む別の色彩がこぼれ落ちた。
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たまには陰翳に富んだ音楽を聴きたくなる。
田部京子の演奏でブラームス:後期ピアノ作品集のなかから作品118を。
昨年夏までともに仕事をしていたあの人へ。
新居浜の空に掌を合わせながら鎮魂の歌として。
http://amzn.to/2t5AkrR

生きている者にはまだまだやるべきことがある。

(フジX-T2+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 22:06| Comment(0) | 家の庭

県都カフェ物語 静かな感動を味わえること 静かな感動を伝えること


鄙びた場所に立地してSNSで発信しながら
ドライブも兼ねて遠く県外からも集客するカフェ、レストラン、ピザ窯もあるけれど
まちなかのカフェは競合も多い。

特に内装に凝っていない。
外装に至ってはもちろん。
できて2年ばかりということもあって
例の飲食店の口コミサイトにも掲載されていない。
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メニューは2種類のランチのみ。
価格も手頃で850円〜900円。
車も停めることができる。

ところが店内に入ると
リピーターが思い思いに腰を下ろしている。
(さりとてお店とリピーターが会話を交わしている雰囲気はない)

高価なものかどうかはわからないけれど、
華美でない調度品の心配り、
流れている音楽、会話を妨げないその音量、
もちろん紫煙とは無縁。
(飲食店を法律で禁煙にできない国ってなんだろう?)
この店の常連は最初に入店したときから敷居の高さなど微塵も感じなかったはず。
すべてがさりげなく、素っ気なさなど微塵もない控えめな微笑に満ちている。

飲食店は大変である。
どんなに手間をかけても気配りを用いても値頃感(相場)がある。
ぼくは毎年梅酒と梅干しをつくっているけれど
梅酒3本の原材料費(梅、蜂蜜、35度の焼酎もしくは泡盛)は1万円近い。
原価と手間をもとに価格を付ければ少量の瓶で2〜3万円になる。

そして例のつまらぬグルメサイトのコメントで
客の感想がときに店主の心を痛める。

そのようなことは最初から意図していない、
お客様のことを思えばこそ、そうしているのに―。
そんな飲食店の嘆きの声が聞こえてきそうである。
(1億総評論家の時代だからインターネットの情報は信頼できないのだ。そしてまとめサイトやキュレーションサイトがさらに情報の価値を撹乱する)


満足度とは、顧客が期待する成果と
提供される価値のマッチングであるから
相互に理解しなければ(心が通わなければ)不幸だ。

ありとあらゆる人の嗜好に応えるなどできない。
そして当然だけれど、お客様は神様ではない。
(店は客を選び、客は店を選ぶという社会契約が来店である)

ここのお店に入ると
そしてお客様をお迎えする女性店長の慈愛に満ちた表情。
このままテレビドラマになりそうだ。
主演は、いまより少々若い年齢の吉永小百合か松坂慶子あたり。
華があっても品格が楚々と流れているような。
だから、お迎えを受けると
おだやかな気持ちで席に着くことができる。
奥から運ばれてきた料理は一見地味。
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こけおどしの風味や奇をてらった盛りつけの見映えはないから
Instagramに投稿する人は少ないだろう。
しかし一口いただくと、料理をされた方の心に触れる。

素材が口のなかから脳の深いところまでじんわりと広がっていく。
味わいは深くても次の瞬間、舌に残ることはなく消えている。
食事が咽を通らず、外食に気乗りしない体調不良の家人を連れていけば
一心不乱に味わいながら1粒一片として皿に残っていない。
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料理人の技もすばらしい。
旨味の足し算からこの技は生まれない。DSCF8006.jpg

和食の達人がていねいにつくる魂を込めた料理は
さりげなくも切ない。
特に塩の使い方が絶妙である。
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日々の仕事をしずしずと思いを込めてていねいに仕上げるだけ。
そんな心が透けて見える。
(口先だけの政治家を見ていると、市井の人々の至誠が身に染みる)
目標とする売上もなければ、
もっと売れたいという虚栄も感じない。
けれど、いかなるお客もあたたかく迎える覚悟で
店は灯されているように思える。
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不思議に思うのは
どのような力学、思いがあって
この店が存在するのだろう、ということ。
きっと静かで感動的なドラマがあるに違いない。
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これは徳島市内に実在するカフェの話で
何の誇張もしていない。
ただ、お店に入った瞬間から出て行くときまで
店の方もぼくも心の動きを感じあうことができる。

このようなお店なので
店名はお答えしません。
もったいぶっているのではないのです。
このお店に合う人はグルメサイトやSNSと無縁だと思うから。

posted by 平井 吉信 at 17:01| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

6月の黒沢湿原を歩く 振り返ればここまで歩いてきたみち


今年は湿原によく来ているような気がする。
居心地がいいからで、来ると半日は周辺の野山の散策も含めて逍遥する。

今回は湿原の生き物を特に見てみよう。
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板の舗道があるから生態系への影響が少ない。
(もちろん湿原のそれ以外の場所には踏みこまない) 
だから安心して来られる。

一過性のイベントや三権分立を脅かす法令の制定よりも
人類全体の財産といえる生態系の保全に注力することが大切。
我が身のことだけではないのが人間の責務、
今日のことだけではないのが人間の未来。

(ここからニコンD7200+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VRのみ)
湿原の樹木はオブジェ
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ほら、森の魂のようなカエルがいる。
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チョウを三態
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湿地の水辺ではトンボが飛び交う
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穢れなき、という形容は抹香色だけど、極楽浄土を感じてしまう
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森の細部こそ美しい
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このイチゴ、栽培されている品種と遜色なくみずみずしく濃厚
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それにしてもニコンD7200は自然生態系を記録しておきたくなるね。
(ここまでD7200+AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VR)
(ここからフジX-E2、X-T2、X20の三兄弟)

湿原の足元で舞うニッポニアニッポン
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どんな花を咲かせるのか。ここはトンボの楽園だからもしかして?
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小さいけれど花のかたちに個性がある
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コガネムシとひとことで片づけないで
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水を溜めた湿原は
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やがて小川となって流れだし滝となって松尾川温泉へと下る
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虎のしっぽのような
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食虫植物。ハエなどが止まると動けなくなる
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小さなカメラ(X20)では被写界深度が深いから接近して撮りやすい
カメラに詳しくなくてもいつもこんな調子で手持ちですいすいと相方は撮る。
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湿原を歩いてきた路、
振り返ればここまで歩いてきた時間(みち)。
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タグ:黒沢湿原
posted by 平井 吉信 at 15:48| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年06月23日

逝ってしまった人へ


生きることはすばらしい。
滅びることも然り。
ブログで発信を続けながら
社会を、そして自らを照らそうとしていた人。
早いか遅いかだけで誰にでも等しく訪れること。
貴い旅立ちを敬い、いとおしむ。
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posted by 平井 吉信 at 19:09| Comment(0) | 生きる

2017年06月22日

庭のキキョウ 一日眺めてみたいけれど


イングリッシュガーデンのようにも
ドイツ風庭園にも見えるけれど
猫の額ほどとはこのこと。
でも、正方形の箱庭視野(韻素多蔵夢)で見たら?
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まあ。どうでもいいけど、庭のキキョウ。
種を蒔いて数年、
時期が来れば自然に生えてくる。DSFT2142-1.jpg

冬咲きの野菊と競争しながら
いつのまにか追い抜いて
ついに花をつけた。
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おみごと!
と言っては韻素多蔵夢ふう。
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おっと、こんな時間だった。
(蚊にさされながらの撮影に浪漫はないのだが、写真は浪漫を勝手に語り出すものだから)

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キキョウに紛れてあやしき朱色がぼおとたたずむ。
植物は不思議だね。
どこからどうやって辿り着くかは知らないけれど
来たければ来ればいいよ。

見上げた空は雲の織物だった。
夕食は冷や奴にしよ。
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(フジX-T2+XF35mmF1.4 R)
posted by 平井 吉信 at 20:29| Comment(0) | 家の庭