2017年03月19日

春のおだやかな岬は瑠璃色と強い氣に満ちている 空と海が出会う室戸岬


正月、節分、桃の節句、端午の節句、梅雨、盆、秋祭りなどと
人は社会生活で季節ごとに繰り返す営みがある。
それは人の年齢の数だけ経験するもの。
それは巡礼のようなもの。

ぼく自身は「空と海」を名乗りながら四国巡礼には関心がない。
生きることのかたちにとらわれないので
巡礼というかたちにもとらわれない。
(巡礼をする動機を否定しているのではない)
八十八箇所を巡らずとも
生きることそのものが巡礼ではないかと。

年度末が近づいて
同時並行で走らせていた多数のプロジェクトがそれなりの成果を出して
なんとか終わることができそうな目処。
いのちの洗濯、魂の休息などというと陳腐だけれど
空と海の出会う場所、室戸岬へ。
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岬に着いたら天気は薄曇り。
もし陽光が立ちこめていたら
誰もいないところでは叫んでいただろう。

青年大師像の表情は険しい。
仏門に入る葛藤を興福寺の阿修羅のように表現したものか。
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運が良ければ幸福を呼ぶ白いタンポポが見つかるかも(確率は1/496程度)
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運が良ければ(悪ければ)波をかぶる遊歩道。
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実際に波をかぶりそうなご夫婦の写真を撮って差し上げた。
(渡されたのがスマートフォンではなくデジカメで安心した。だってスマートフォンはシャッターを押そうと構えるとシャッターが消えてしまうことが多い。いったいどんな魔法を使ったのだろう)

砂浜にオブジェのように転がるもの、生えているもの
(ニコンの生態系の描写は見ていて気持ちがいいほど現実感がある)
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遊歩道沿いには、ハマダイコン、ハマエンドウを中心に
万華鏡のようなミクロコスモスが明滅する
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そして、春の室戸岬の風物詩であって
ほとんどの人が気付かず通り過ぎてしまうものとは?
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ルリハコベ。
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でも、数年前来たときと比べて激減している。
台風の影響だろうか。

瑠璃色という群青からややくすんだ風合いが美しく
しばし地球の色に例えられる。
地球は決して鮮やかなブルーというよりは
大気をたたえてしっくりとたたなずむ瑠璃色がふさわしい。
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ルリハコベは海辺の植物だけれど、全国的には温暖な地域の海岸線や島嶼部に見られる。
英語では、blue pimpernelというらしいので
意外にもサクラソウの仲間なのだ。
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(D7200+AF-S Micro 60mm f/2.8G、フジX-E2+XF35mmF1.4 R)

室戸岬は観光地だけれど、一歩踏み入れば別の風土がある。
ここは、海難事故でなくなった方々を慰める場所。
地元の女性たちがいつもこの場をすがすがしく手入れされている。
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無数の如来、菩薩がアコウの木の下で魂を慰める。
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さらに周辺を散策中にとても強い力を感じる場所があった。
大きな岩とその右に沢のような空間があって水(風)が吹き抜ける。
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風の通り道は盆地につらなって別の大岩に囲まれている。
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そこに歌碑がある。
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少し遅めの昼はいつもの店で。
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書棚を見ると、店の方々の食に対する思いが伝わってくる。
気取らない、けれど居心地の良い空間で
目を閉じて食事をしている。
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グルメではなく、いのちの食をいただいている感じ。
カレーも紅茶も極上のお店が岬を折り返した場所にある。
海からの風を受けながらそこにある。
ごちそうさまの言葉を風に乗せて。
(シットロト)

岬を折り返し戻り
尾崎でサーフィンを眺める。
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ローカルのポイントだが、
きょうはそうとばかりは言えないよう。
(それもまたそれでよし)
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室戸岬は心と身体を高めてくれる特別な場所。
でも、特別な日もすばらしい生き方もない。
ただ、日日是好日、だから。
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追記

写真の技術を知らない(わからない)相方が腕を上げてきた。
使っているカメラは小さなデジカメのフジX20。
すべてオートで撮影している。
ただし接近して撮影するときはマクロモードに切り替えている。
えっ、ぼくの写真より良いと?(ときにはそれもよし)。
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追記2

大河「直虎」の柴咲コウの尼僧姿が超絶的に美しい。
おでんばの土着の生娘のようで、凛としたたたずまい。
仏門にありながら「生」、生でありながら「聖」をまとう。
ところで、精神的に落ち込んでいる人がいたら、
観音経を読経(もしくは聴いてみる)ことをおすすめしている。
ところが、しばらく前の放送で、柴咲コウが節を付けて観音経をうたったのに驚いた。
現世と彼岸を自在に行き来する魂を慰撫してやまない音楽(読経)だった。
ぼくも祝詞の奏上や読経は節を付けて歌のように響かせる。
室戸岬では、無数の魂を乗せた風や刹那の潮騒が幾重にも重なって
旋律というか抑揚のうねりのように聞こえることがある。
それはどれだけ美しくても構わない、どれだけ荘厳であっても構わない。

posted by 平井 吉信 at 20:58| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年03月12日

日射しこぼれるユキワリイチゲの谷から


なぜユキワリイチゲなのかと自問自答した。
きょうは6年目の3月11日。
春の日射しを浴びてすくっと開いたユキワリイチゲをぼくが見たかった。
そしてそのお裾分けをと思った。
身近な誰かに見せたくて花を撮ることは確かにある。
心のなかでそれを不特定多数に届けよう。
自己満足であっても。

ここは阿讃国境のユキワリイチゲの谷と呼んでいる場所。
四国のユキワリイチゲは白が基調だけれど
この谷は紫を帯びる。
明るく艶やかで花も大きいように思う。
(ミネラル豊富な広葉樹の腐葉土が影響しているのだろうか)
谷に陽が射す午後の数時間だけ開花する。

時期としてはやや早いのだけれど
もう心が行くと決めている。
行くと決めたときから時間は動き出す。

いまはどんな状態かを客観的に見るのではなく、
(そこにレッテルを貼るのではなく)
いまの状況を自分はどう認識して、どのようにしたいか。
運命は自分の意識のなかにあることに気付いたら
停滞している時間が刻みを入れるようになる。
(抽象的だけど)

北に向かって流れる沢がつくる渓相はおだやかだけれど
随所に岩盤を形成する。
数年前に足を滑らせて落下した鹿を見たことがある。
足元を見回しつつ、沢の水音も感じながら遡行する。
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斜面に雪が残る一角で開きかけたユキワリイチゲを見た。
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森はまだ春の妖精たちの居場所になっていない。
(イチリンソウ、ニリンソウ、ネコノメソウ、フタリシズカなど)
しかし森の恵みに立ち止まる。
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ユキワリイチゲは、この三つ葉が目印
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斜面に咲いているのを遠めで見る。
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岩盤を伝うこの渓谷の顔のような地形。
ぼくはいつもここで立ち止まる。
小さなグランドキャニオン。
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まだオネムなの、と瞬きもしとやかな娘。
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この日、もっとも艶っぽい娘が現れた。
日陰だけれど、ぱっちりと美形でなまめかしい。
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一足先に陽光が差し込める一角で仲の良いユキワリイチゲのペア。
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少しずつ沢の東側に光がまわっていく。
そして一足はやいユキワリイチゲの束の間の宴が始まる。
ぼくは耳を澄ませて風の気まぐれの一瞬をついて指先を反応させていく。
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日だまりに淡い紫が満面のいのちで輝く。
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ユキワリイチゲの谷、ただいま14時半を過ぎたところ。
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陽光は誰にでも降り注いでいる。
そして、6年目を刻んだ。

【追記】
今回は沢の遡行と徒渉があるため装備を軽量化したかったので
たった2つの機材(レンズ)だけ。
・D7200+AF-S Micro 60mm f/2.8G
・X20
特にニコンの再現性の良さが光る。
オリジナルのflat richcolorというプロファイルを使用。
誇張のない忠実度の高い再生でありながら
やわらかい階調のなかに存在感と華やかさを両立させている。
(このしっとり感はフジのX-Transでは出せないかもしれない。ニコンのAPS-Cミラーレスに期待したい)




posted by 平井 吉信 at 22:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年03月10日

消防車 赤いヒーローは子どもの人気者


午前中に市役所で消防フェアがあると、
広報車が廻ってきた。
生きているのかわからないほどの日々だけれど
それはみんな同じ。
いまこのときも親の介護や資金繰りや子育てに必死の人たちがいるはず。
そんな人たちのひとときの安らぎの時間になりたい。

概観の凹凸とレバーの多さ、メカニカルな造形を後ろから見る
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真剣に聴く人、ていねいに説明する人。
フェイスブックなら「いいね」と押すところ。
(もう流行は下火になったようだけど)

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あのシリーズをつくった円谷プロ風でもあり
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このディティール、曲線の流れとそれが突然切られた視点の力
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空高く誘う。子どもの夢はいつも空にあるから
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こんな体験もいつか役に立つかもしれない。火に対する対処を心の奥深くに刻んで
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どんな道具が現場に役に立つか。想定内も想定外も隊員の使命感と勇気と工夫にささえられている
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竹輪を持った小松島のキャラ。これはたぬぽんだったっけ? 商工会議所さん
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→ 「こまポン」でした。

良い写真だな(ぼくの写真ではなくて、人々の表情がおだやかで)
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嫌なニュースが続くこの頃、
限界を超えてしまったかのような国際情勢、
国内でも独裁への道を進む勢力がちらりと見せた事件の断片、
あの日から6年を迎えるというのに教訓を進化できない私たち。
(暴力や主義主張に流されない静かな革命が必要だろう)
何が起こっても不思議でない危機的な社会に言葉にならない重さを感じる。
それでも、ヒトの営みが好きになる一日。
かすかな力であっても思いを込めた光が存在し
それを集めることはできる。
その力がいまにも消えそうな明日を照らすと信じて。

(フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4)

追記

こんなイベントでした。
【イベント内容】
●消防車両の乗車体験・放水体験・装備品の展示
●AEDの取り扱いを含めた心肺蘇生法等の救急体験
●防災スタンプラリー(景品プレゼント!)
●地震体験車で南海地震を体験しよう
●煙体験ハウスで煙の怖さを学ぼう
●炊き出し訓練(試食あり!)
タグ:小松島 2017
posted by 平井 吉信 at 21:40| Comment(0) | 生きる

2017年03月07日

冬から春への牧野公園 学問を尊ぶ佐川だからこそ


今回初めて訪れた牧野富太郎ふるさと館。
生家跡地に建てられた資料館。
牧野富太郎が産声を上げたのは龍馬が土佐を脱藩した一月後のこと。
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昨年購入した牧野図鑑の元となった原画(複製)が展示されている。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176742609.html
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実家の裏にある金峰神社の階段
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酒蔵が並ぶ文教のまちなみを通り抜けて山裾に出る。
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そこは春の妖精が勢揃いする場所。
その春の妖精もなかなか見られないものばかり。

なぜ、早春にかれんな色をひとりでまとっているのか。
ミスミソウを見たのは、香川県のとある場所。
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ユキワリイチゲ。これも香川県でしか見たことがない。
徳島県内ではほとんど見られなくなった。
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牧野少年の遊び友だちだったバイカオウレン
いまを盛りと群生している。
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黄金にも見まがう黄色が雪にうずもれたまま
太陽の光を反射しているのを見た。
あれは、10数年前の西三子山。
数年前に行くと絶滅していた。
(もう一度あの場所でフクジュソウを見たいと願っている)
フクジュソウも園芸種を除いて徳島では見られなくなった山野草のひとつ。
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花の名前は知らないけれど
紅白のマシュマロのようなたたずまい。
春だな。
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岡山県で自生していると聞いたことがある。
こんなに妙なる色彩を小さな精密機械のように散りばめた山野草がほかにあるだろうか。
セツブンソウと名付けられた。
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学問に政治も利権も嘘つきも偏った軍国主義も要らない。
(自ら襟を正せ、総理大臣)
あるのは志と真実を映す自然だけ。

こんな山野草がまちの近くの丘で
地元のボランティアとともに大切に保全されているのは
牧野少年を育んだ佐川ならでは。
(学問は学歴や就職のためではなく、ただ無目的に好奇心のままに究めることだよ)

posted by 平井 吉信 at 22:08| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年03月05日

少し疲れたら 少し仕事が片付いたら 海へ行く その場所は最後の宝物のような渚


十数年続けているブログであっても
意図的に撮影地に触れていないことがある。
(お気づきの人もいるでしょう)
山野草の場合は盗掘を避けるという理由で、
それ以外の場合は多くの人が入ってきたらその土地の場の許容を越えると判断した場合。

でもこれまでそのような配慮を行っているところは2箇所しかない。
この場所について今回初めて書いてみる。
なぜなら、ここをドローンで撮影している人がいたから。
動画サイトで公開されるのは時間の問題だったし。

海部川河口の空撮映像(カイフポイント)
https://www.youtube.com/watch?v=XLAJ8sh-N-Y
https://www.youtube.com/watch?v=_4J3P-LWxIo

.。'.*.'☆、。・*:'★    .。.・'☆、。・*:'★
  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

海部川河口の白砂青松、大里松原。
海南町を守る防風林の役割を果たしつつ
太平洋に向けて広々と展開する砂利の砂浜が例えようもなく。
海部川河口は10フィートの波が立つカイフポイント(ほとんどローカル)。
海部川のミネラルと黒潮が顔を見合わせて
ときにおだやかに、ときに豪快に笑う場所。

西北の風をさえぎる冬の渚のあたたかさ、
ビニールシートに寝っ転がって
心地よい潮風が撫でていく。
頭上には太陽。
まるで70年代の青春ドラマの一コマ。

この浜は水深があるので波が崩れるとき
ゼリーの切り口のように海の底が垣間見える。
その緑を宿した蒼の沈み具合、
波が照り返す太陽の散乱光。

目を閉じると波が見えてくる。
沈黙の間をそれとなく波の音が満たしている。
波頭がくずれながら横へ平行移動するのと、
戻ろうとする波が縦の方向でぶつかりあう。
その音のずれが、
ほとんど海と陸の境目のない空気の厚みを感じさせているのだと気づいた。

引きずられてこすれあう石ころ。
波の声はやはりここまで届いている。
はるばる太平洋から届いた旅の終点は
幾重にも重なった砂の拍手。
それは、突然ゆっくりと起き上がるような調子で
声をあげるのだから。


(「空と海」から)

牟岐町の55ラーメンにて。
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牟岐を抜けて大砂海岸を通り過ぎ
浅川の集落を過ぎてひとやま越えれば大里松原の北部に出る。
松原を抜けていくとき、風が髪をくすぐる。

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野良猫が迎えてくれる。怪我をしている。
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でも、安心。地元の人が世話をしてやっているようだ。
猫が懐いている様子が影絵となった後ろ姿に見て取れる。
幸福な1人と1匹。
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渚の北端に遊歩道のような上がり口がある。
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すみれに陽光が祝福する。
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どんどん高度を上げていく。
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樹間に大里海岸が広々と展開する。
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出羽島がすくっと海原に現れた。
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丘を降りて渚へと。
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岩を背景に岩から離れて水際からも距離を置いた場所に寝っ転がる。
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徳島には何もない、と自嘲気味に話す人が少なくないけど
子どもを連れて来てみたら。半日は過ごせるよ。
(お母さんの手作り弁当とお父さんから教わる自然との遊び方に子どもは夢中になるよ)
石ころを拾うのも良し、植物の観察をするも良し、
波と戯れるのも良し。
(ただし1時間に1回ぐらい来る突然の大波に注意。ここは引き波が強いから一度沖へ出されるとおとなでも浜へ戻るのは難しい)

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わーと声を上げながら駈けてみたらいいよ。
(吉川くん=早瀬久美が見守っているかもしれないから)
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生まれて来なければ良かったなんて心がつぶやく日、
(どこかの歌詞にあったな)
海に逢いに来ればいい。
冷たい風に吹かれて心が冷えてしまった人のために、
大里の松原は冬になればなるほどあたたかい。

追記
時間に忙殺されるときだからこそ、発信していきたいと思って。

タグ:2017
posted by 平井 吉信 at 23:53| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年03月04日

土佐久礼 青柳裕介さんに会うために


中土佐町は平成の合併で誕生した町ではない。
ぼくが子どもの頃も中土佐町だった。
(平成18年に四万十川上流の大野見村と合併したが町名は変わらず)

中土佐といえば、黒潮本陣と風工房のイチゴのシフォンケーキがある。
しばらく行っていない、と気付いて中土佐I.Cで降りた。

今回は青柳裕介さんに会うため。
彼の作品の「川歌」が好きだった。
川歌は、ぼくが唯一全巻揃えたコミック。
高知の川を舞台にシバテン(河童)と人間の物語。
人間としても魅力的な方だった。

青柳さんとは、
久礼港で海を見つめる石像でしかお会いすることはできなくなったけれど。
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地元の莓農家が始めた風工房、イチゴのシフォンケーキが有名。
年商8千万円を越える優良経営で6次産業化の先駆的な事例。
地元産の鮮度の高い素材を活かしつつ個人技に依存しない設備が成功のカギ。
この日は臨時休業だった。
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地元で信仰を集める久礼八幡宮。
参拝者が絶えることがない。
先々週訪れた淡路の伊弉諾神宮には偏ったメッセージが掲載されていて
純粋に国を想う人たちの足が遠ざかっていると感じた。
(人の心の痛みに無頓着な愛国心が国を護れるとは思えない)
しかしここは日々訪れて感謝する場として地元に息づいている。
神社は願い事や祓いをしてもらうだけの場ではない。
身近な幸福を願うことこそが世界の平和につながっていくような気がする。
そのような精神が宿るから清々しい氣が満ちている。
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カツオの刺身とタタキの絵が奉納されているのも久礼ならでは。
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通り抜けられるか、厄抜け石。
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漁に出た父親を思う子どもを乗せて幾たびか揺れただろう。
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フクジュソウか?と足を止めたのは、
カフェの店頭に植えられていたリュウキンカ。
見ていると近所の方から話しかけられる。
背丈が大きくなるのを押さえるのが腕の見せどころだとか。
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漁港までの路地に伸びる久礼大正町市場。
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魚を買いたかったが、今回は時間が長いのと持って帰る手段がないから断念。
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青柳さんが通い詰めた久礼のまち、
純平と八千代はいまも市場を見守っている。
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posted by 平井 吉信 at 22:25| Comment(0) | まちめぐり

2017年03月03日

菜の花の四万十川 中村 赤鉄橋上流の入田ヤナギ林にて


毎年見ている四万十市中村の菜の花だけど
今年は少し早いかな、という時期に訪れた。
といってもちらりと見ただけなのだけど。

まだ風は草を貫くような温度だけれど
それでも風がやむと日射しはじわりと。
満開とは行かないけれど、
春の絨毯には草原の匂いが立ちこめる。
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惹かれたのは樹木と共生する植物。
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地面ばかりでは気付かなかった春の気配、確かに受け止める。
posted by 平井 吉信 at 21:43| Comment(0) | 山、川、海、山野草