2017年02月26日

阿南市羽ノ浦町の妙見山 里山の春が還らぬ故郷と人を呼び戻す


そうだ、外へ出よう―。
年度末で仕事が溜まっているが、仕事部屋ではかえってはかどらない。
そこで弁当を持って
那賀川の土手のうららかな陽を浴びて仕事をしてみようと思い立った。
DSCF3675.jpg

三寒四温の間でやや寒く感じる今日だけれど、川面のきらめきはやさしい。
けれど少しずつ光を増しているよう。

ThinkPadを取り出してさっそく仕事はじめ。
春の気配にそぞろになるかと思えば、
はかどる、はかどる。
(インターネットもつながらないのでいい。ぼくはスマーティフォンを持っていないけれど、持っていれば、ちょっと見てみようとしてどれだけ人生の時間を損しているかを実感できる)

微妙な問題を扱う報告書もあったが、たちまち片付いたではないか。
それならすぐ近くにある取星寺のある妙見山(みょうけんさん)を訪ねてみよう。
(ウィキペディアには「しゅしょうじ」と出ているが、在所の人は「すいしょうじ」と呼んでいる)

妙見山は子どもの頃、遊山箱に卵焼きや寒天を詰めて花見に行った場所。
その頃の思いでを少し繙いてみる。


  このところ晴れたり曇ったりで天気が安定しない。三寒四温である。けれども、少しずつ暖かくなっている。
 ここは那賀川下流ののどかな集落である。土手に近い田んぼでふたりの兄妹がれんげ草を摘んでいる。あぜみちには、たんぽぽ、オオイヌノフグリ、ぺんぺん草が咲いていた。
 春の野草にはそれぞれあそび方がある。だれでも知っているように、ぺんぺん草は実を引っぱって回すとジャラジャラ音がする。
 れんげ畑でふたり遊んでいると、いつのまにか招き猫みたいな白い猫が寄ってきた。妹は両手をせいいっぱい前に差し出して、「おいでおいで」をしながらよたよたついていくけれど、猫の方はまるで相手にしない。というより、されるままにじっとしている。
 裏の妙見山を振り返ると、黒くすすけた木の家が見えた。母屋に続く垣根の坂道をかけのぼる。家の裏には那賀川の水を引いた深い用水があり、その流れは強い。お兄ちゃんはこわごわのぞきこむけれど、妹はゴーという音が聞こえると逃げていってしまう。
 笑うことと楽しいことの間に少しの距離もなく、無邪気な仕草をするたびに、ふたりの兄妹は大きくなっていく。疑うことを知らず、好奇心にあふれて問いかけるまなざしがひたむきであればあるほど、日一日と賢くなっていっただろうこの兄妹に会えたらどんなにかうれしいことだろう。
 私は過去に戻ってレンズを向ける。するとレンズに気づいた子供は、きょとんと顔を上げる。
「なんだろう」
 口元をきりっと結んでふしぎそうな瞳は微動だにしない。

 妙見山へ遊山に行くのもこの頃だ。男の子の絵がたどたどしく描かれた空色の重箱がお兄ちゃんのお気に入り。三段重ねの重箱に寒天やたまご焼きを詰めて持っていく。昼間登った時、お兄ちゃんは那賀川の水面がきらきら反射するのを食い入るように見ていた。
 夜になって、頂上付近に桃色のぼんぼりが明滅するのが里から見えた。お兄ちゃんは勇気をもってひとりで登ってみた。手拍子のカチッとした響きが山中にこだまし、そこへ唄の節とも思われないような不気味な合唱がけだるそうに聞こえてきた。こわかった。あれは鬼の宴会だと思った。声のする方をみないように、いちもくさんに里へと駆け降りた。

 田に水が入った五月。おたまじゃくしに似た変な生き物が、せわしく足を動かして泥の上をすべるように泳いでいる。カブトエビである。
 桜並木はせみの宝庫。せみ捕りには金網の虫籠をさげていくのだが、親戚の兄ちゃんは、おじいに作ってもらった竹細工の虫籠を持っていてうらやましかった。桜並木にいるのは、アブラゼミかニイニイゼミで、裏のくぬぎ林には、はねの透明なツクツクボウシやヒグラシがいる。こっちの方が高級感がある。
 緑と赤が虹色に光る玉虫は捕まえたことがなかった。捕った、という子がいると見せてもらいに行った。
 オニヤンマはさすがに大きかった。あの黄色と黒の縞がブンブン音を立ててこちらに飛んでくると、かみつかれそうな気がした。
 そこへいくと、ギンヤンマの優美さは比類がない。陽光を透かしてみる葉裏のような胴体がひるがえっては、水辺をスイスイスーイスイと翔ぶ。ほんの少しラムネ色したはねを小刻みに動かし、とめてはまた動かす。トンボはちょうちょみたいにはねをしょっちゅう動かさないのである。
 サルビアの花の蜜は甘いな。ホオズキの袋のなかには何が入っているのかな。サルビアやほうせんかの袋は子どもにいたずらされる。でもそのことによって、種を広い範囲にばらまいている。

 夏の昼下がり。そろそろ来るかな──。
「チリンチリン、チリンチリン。う〜まいキャンデー」
(あっ来た来た、自転車に乗ったアイスキャンデー売りのおじさん。ハッカにしようかニッキにしようか)
 それは美味というよりも、にごりのない水彩絵の具を思わせる素朴な風味だった。一度食べると、もういいやと思ったりするけれど、あの鈴の音を聞くと、また欲しくなる。
 人の住んでいない納屋の二階には瓶や壺を並べてある。畳を敷いてあるところが昼寝の特等席。時折、土手の中段をカブやオート三輪が、トトトトッと通りすぎる以外はせみの声しか聞こえない。
 稲穂はたなびく順番を待っている。
(風そっと吹いてみろよ)
  稲穂が熟れて、草いきれからわらの香ばしい匂いに変わったとしても、あぜみちの平凡な事件にすぎない。
(「空と海」から)

この文章を読むとき、
ジョージ・ウィンストンの「Winter Into Spring」が心に降りてくる。
彼ぐらい自然界の現象を旋律に昇華できる人はいない。
春を待ちわびる心象風景が音の一瞬のきらめきが音符となって湧き出す。
描かれた音の風景は日本の春の余韻を紡いでやまない。
http://amzn.to/2mrs6om


妙見山は地元の人の手で花が植えられ公園として整備されるようになった。
DSCF3677.jpg

望遠鏡が据え付けられている。
家に戻って気付いたが、土手を歩く若い男女が米粒のように写っていた。
DSCF3686-1.jpg

自動車道が那賀川に橋を渡して立江をめざして伸びてくる。
母の生家は黒い焼き杉に覆われた家で
坂を駆け足で上がっていったことを覚えている。
しかしその家はもうない。

薄日が射す午後の遅い時間に満開のスイセンが空間を黄色に
DSCF3703-1.jpg

桜のつぼみもふくらんで―もうすぐ卒業。
まだまだ場違いな感じも否めないが、待ちきれずに開花したのだろう。
DSCF3712-1.jpg

小さな花だけど、見ようとしなければ見えない花だけれど。
まだ春が来ない人たちのために―。

DSCF3731-1.jpg
この一輪に引き込まれる。
誰も気付こうとしないし
目立つこともないのに、こんなにも存在感を放っている。
DSCF3736-1.jpg

DSCF3739-1.jpg

春の七草 ホトケノザ
近寄ってみると、イチゴをほおばる幼子のように可憐。
DSCF3744-1.jpg

視点を低くするほど見えてくること、
視座を高く持たなければ見えてこないこと。
両方あるよね。

小さな花たちを見て、
もう家へ帰ろう。
そう思って歩き出すと、八十八箇所があるではないか。
実際に四国巡礼をしなくても
88箇所の寺の功徳を集めたものが各地にある。
ここにもあることは知らなかった。
行ってみよう。
DSCF3758-1.jpg

標高百メートルもない里山の尾根筋に点在する88箇所を模した仏像。
そして岩と照葉樹が織りなす低山とは思えないたたずまい。
声を出しながら先へ先へと歩みを進める。
DSCF3760.jpg

DSCF3762.jpg

DSCF3766.jpg

DSCF3769.jpg

DSCF3778.jpg

DSCF3792.jpg

DSCF3771.jpg

DSCF3803.jpg

DSCF3804.jpg

DSCF3812.jpg

DSCF3808.jpg

日没が近いのと夕食があるので途中で切り上げた。
ふと幼い頃の再生装置に灯が灯る。
壮年でありながら那賀川で命を落とした叔父を中心に親族が集まっていたあの頃。
そのとき、椿は幽玄の森にぽっと艶を投げかける。
DSCF3816-1.jpg

変わりゆく故郷の風景に
変わらぬ春を見つけられた安堵を胸に
春の夕暮れを駆け抜けた。
(生ききっているから振り返らないよ)

(フジX-E2+XF18-55mmF2.8-4)
タグ:巡礼 羽ノ浦
posted by 平井 吉信 at 22:03| Comment(0) | 山、川、海、山野草

嵐の東京 風が吹けば稲庭うどん、トンカツ、そして富士山


徳島空港から乗り込んだ機内アナウンスで
「天候によっては伊丹空港へ…」の説明。
羽田周辺の風が強いらしい。
しかし機長は羽田へと決断された。
確かに着陸直前まで揺れたが、
機体をストンと軽く落として滑走を短くして着陸完了。

このところの定宿となった汐留イタリア街のホテルに到着。
DSCF5751.jpg

ハードの設計から気配りが行き届いているが、ソフト面も充実。
海外からの宿泊客が多くなってここ数年で宿泊費は上昇しているが
快適な環境で疲れを取るのを優先する。

DSCF5836.jpg
荷物を置いたら虎ノ門訪問へ歩き出す。

今回は虎ノ門ヒルズへは行かないで
そば処港屋(行ったことはないのだが行列で萎えてしまう)も過ぎて新橋界隈を探す。
DSCF5852.jpg

DSCF5762.jpg

新橋駅の近くのビルの2階に稲庭うどんを食べさせる店があると知って向かう。
DSCF5759.jpg

12時前なので行列はなく座れた。
300グラムと表示があるが、そんなに食べられない。
それなのに女性も含めてほとんどの人が丼とのセット(1100円)を注文している。
ぼくは単品で。
(てっきり乾めんの重量と勘違いをした)
なるほど人気なのは頷ける。
つけ汁はこくとあっさり感を両立させたもので胃もたれしない。
(後日、自宅でこのつけ汁をほぼ再現してみた。すりごま、みそ、酒と弓削田醤油の高麗郷手づくりつゆを使った)
DSCF5753-1.jpg

DSCF5757a.jpg
(稲庭うどん 七蔵)


夜は浜松町界隈でトンカツを。
何店かリストアップして決めた。
DSCF5778.jpg
ビルの2階に入っていくとあたたかく迎えていただける。
トンカツは120グラムと160グラムが選べるが
160グラムで(ぼくにはやや量が多かった)。

注文してから出てくるまで半時間少々。
低温でじっくり揚げているからと推察。
DSCF5779.jpg

おすすめの、わさびと醤油で食べてみる。
おお、と声が出そうになった。
生まれてはじめてのトンカツ体験であった。
(これまで食べたことがないという意味で)。
DSCF5789.jpg
ようこそいらっしゃいました、おくつろぎください、
という雰囲気をまとった店は何度でも来たくなる。
(のもと家)

チェックイン直後にホテルを撮影。
DSCF5769.jpg

DSCF5775.jpg

DSCF5802.jpg
書斎があるのがいいのだ。年度末にたまった案件はここで快適に処理できる。

DSCF5816-1.jpg
早朝、カーテンを開けると
もう山手線はめざめ、
首都高速を業務用の運送車両が次々と通り過ぎていく。
人の営みのスイッチを感じて朝6時のニュースを見た。


帰路は幸いにも嵐が収まって揺れなかった。
飛行機が箱根を過ぎて富士山に順光が回り出すと
右の窓側にいたぼくには手に取るように富士山が見えた。
DSCF5900-1.jpg

名古屋上空を雲の隊列が行く
DSCF5937-1.jpg

雲は自由だ
DSCF5943-1.jpg

毎日の仕事は一期一会だけれど、
この国の将来を思う人々と語らうことができ、今回も良い出会いがあった。
タグ:東京
posted by 平井 吉信 at 11:52| Comment(0) | まちめぐり

2017年02月25日

御食国(みけつくに)淡路島で若い力の農業を観る


仕事で淡路島へ行くことになったとある2月の寒い日。
淡路島は丘陵がかった地形が島の中央に横たわり、
それを縦に横に道が走っているから分岐がわかりにくい。
そのため、集落を表示する看板が随所に立っている。
この丘陵を東西に横切って東岸と西岸をつなぐ横断道がある。

DSCF3554-1.jpg

DSCF3559-1.jpg

DSCF3564-1.jpg

DSCF3571-1.jpg

昼間の仕事のあと、夜は意欲的な飲食店にご案内いただいた。
淡路からパスタを全国に発信されている企業のアンテナショップ。
DSCF3503-1.jpg

夕闇に溶けていく海の群青とあたたかい光のたたずまい。
DSCF3504-1.jpg

DSCF3512-1.jpg

DSCF3520-1.jpg

そして数種類のパスタを赤白のワインとともにいただく。
DSCF3532-Edit.jpg

きょう初めてお会いした方々とは思えない和やかな雰囲気で食は進んでいく。
(みなさまのご健勝をお祈りいたします)
(Pasta Fresca Dan-Menにて)


その翌日、
地元の方のご案内で中国料理の店に立ち寄る。
DSCF3543.jpg

DSCF3551-1.jpg

千客万来で中国人と思われる女性がきびきびと接客をしていらっしゃる。
注文したのは冬季限定の酸辣麺(サンラーメン)。
黒酢と豆板醤が血行を良くするとのことで
野外で冷えた身体を温めるために一同注文。

DSCF3549-1.jpg

淡路島の南(南淡)は、玉ねぎと牛、北(北淡)は花卉栽培が盛んとのことで
淡路島の若い生産者の現場を次々と訪れてはお話しを伺っていく。

明石大橋を渡ればそこには消費地が待ち構えている。
典型的な都市近郊農業で付加価値が高く生産者も勉強熱心な方が多い。
だから若い新規就農者が少なくない。

DSCF3580.jpg

DSCF3587.jpg

DSCF3593.jpg

DSCF3618-1.jpg

DSCF3598-1.jpg

みなさまのご発展、ご健勝を祈りつつ、伝説の御食国の淡路をあとにした。

(四国へ戻ると38度の熱が出たが、薬は飲まないで翌日には平熱に。念のためのインフルエンザ検査も陰性だった。人に会う旅はこれからも続く。人生が終わるまで)

タグ:ラーメン
posted by 平井 吉信 at 16:45| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

2017年02月18日

ここは佐川、バイカオウレン


佐川は特別な雰囲気を持ったまちである。
高知の田舎にあって、高知の匂いがしない。
子弟の学問に力を入れ、歴史や文化が幾重にも重なっている。
鄙びた味わいさえ風格や落ち着きを感じる。
思索にふけるのも散策を愉しむのもまちの距離感が心地よい。
高知県内で住むとしたら、ぼくは佐川町を選ぶ。

最初に佐川ゆかりの人を知ったのは森下雨村。
四国の川を語るとき、知らずに通り過ぎることはできない。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176388793.html
http://www.soratoumi.com/river/enko.htm
http://amzn.to/2m38Jkm

釣り文学の先駆者でもあり、
「猿猴川に死す」のような風景が
かつての四国にあったことに羨望を抱くけれど、
いまとなっては失われた原風景を心のいたみとともに懐かむだけ。
仁淀川の鎌井田地区の情景、吉野川上流の桃源郷のような風土など
惜しんでもあまりある。

その佐川が牧野富太郎博士の生まれ故郷であることもその後知った。
JRで高知から中村宿毛方面へと南下するとき
佐川駅周辺の田園風景、特に斗賀野駅あたり、に惹かれた。

高知西南部からの出張の帰り、
須崎西I.Cで降りて須崎市内から峠を越えて佐川へ入る。
今回は仁淀川へ行くのが目的ではない。横倉山でもない。
佐川のまちなみ、牧野博士の生まれた地区を歩いてみようというのだ。

生家の周辺には観光案内所、酒蔵などがあって
つくりものではない昔ながらの由緒あるまちなみがたたずむ。
DSCF3346-1.jpg
西から辿れば、生家を復元した牧野富太郎ふるさと館、佐川文庫庫舎、
旧浜口家住宅(観光協会)、名教館、司牡丹酒造、
DSCF3180s.jpg
旧竹村呉服店、竹村家住宅、まちの駅と続く。
完全予約制のウナギ料理の老舗、大正軒もある。
(森下雨村のエッセイには酒造所から流れ出す栄養分を柳瀬川のウナギが食べるので旨いと書かれていたような記憶がある)
観光協会から山へたむけると、博士が幼い頃遊んだ金峰神社、美しい庭園を持つ青源寺、
そして山野草を愛でる人にとっては癒される場所、牧野公園がある。
(牧野公園の中腹から眺める佐川のまち。役場も指呼の間にある)
DSCF3235.jpg

車を停められる場所は少ない。
週末であれば、佐川町役場に車を停めて歩くのが適当。
それでもまちなみを歩いていれば5分ぐらいで着いてしまう。

佐川町の名前の付いた植物、サカワサイシンが佐川町のシンボル。
牧野博士が佐川で発見した植物。
DSCF3343s.jpg

今回は時間の関係で涙を飲んで行き先を絞りこんだ。
というよりもこの季節、牧野博士ゆかりのあの白い妖精を見たい。

その昔、牧野少年は裏山の金峰神社で一日中植物を見て遊んだという。
その至るところで咲いていたのが、白い梅のような小さな花を咲かせるバイカオウレン。
標高の高い剣山では5月上旬といわれているが(それもまだ見たことはない)、
ここでは平地でしかも2月に咲く。
(厳密に言うと、バイカオウレンの四国固有種、シコクバイカオウレンというらしい)
DSCF3177s.jpg

バイカオウレンはまだ見たことがないし、
どこに咲いているかはわからないけれど、まずは歩きながら探してみようと思った。

金峰神社の坂を見上げる。
DSCF3160s.jpg

階段の奥はほの暗い。
かごめかごめの歌詞を思い出す。
DSCF3167s.jpg

かごの中の鳥は何時出られるのか?
子どもの遊びのわらべうただが
その歌詞の意味はまったくわからない。
(子どもの頃、近所で遊んだものだが)
戯れか、深い意味を秘めているのか、
気まぐれなお大尽の遊びか、
民族の語られない裏を比喩しているのか、
(蘇民将来伝説など)
はたまた暗号を宿しているのか―。
とおりゃんせの歌詞とともに
能登麻美子の声で…)
聴く人を深い迷いと幽玄に誘う。
金峰神社の階段はそんな雰囲気さえ感じる。
でも家の裏にあったこの神社を
牧野少年は息をはずませながら駆け上がっていった。
そこには宝物があったから。

冬から春にかけて佐川周辺の里山では
白い梅の花のような小さな植物が地面に咲く。
夢見心地で焦点が薄れていくと、
(百五十年の昔)兵児帯を締めた牧野少年が
腰をかがめて夢中になって見つめる様子が浮かんだ。

ここは佐川、牧野富太郎のふるさと。
春を待つ白い妖精、バイカオウレン。

D7N_3176s.jpg

D7N_3179s.jpg

D7N_3182s.jpg

D7N_3198-1.jpg

DSCF3277.jpg

DSCF3268s-1.jpg

DSCF3291s.jpg

牧野公園から歩いて駐車場へ戻る途中、
観光案内所の若い女性スタッフとすれちがった。
「どうでしたか? (バイカオウレンは)見えましたか?」
「ありましたよ。踏まないように注意しながらしゃがんで見ました」
「よかったですね。私、まだ今年は見たことがないんですよ」
笑顔の余韻が残る佐川のまちなみを踏みしめながら
いにしえの人々の営みを追体験すれば、
平成の土佐路を東に向けて
新たな旅へと向かうご老公様のような心境であった。
(つづく)

ご老公の続きはこちら
posted by 平井 吉信 at 01:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年02月16日

四国の左下 足摺岬 海の向こうに理想郷がある


四国東部からもっとも遠い場所、それが足摺岬。
中村からまだ1時間少々の四国の最果て。
意を決して出かけたのは当日になってから。

どんよりとして心が浮き立つことはない朝の空気。
けれど、岬に近づいていくと、あめ色の砂浜が開けた。
DSCF2862-1.jpg

DSCF2867-1.jpg

朝の光が海面に踊る大岐の浜。
なんという…。
DSCF2883-1.jpg

DSCF3145-1.jpg

絶景孤独度係数でいうと、日本有数ではないだろうか。
(=景観の質的な高さ、広がり感を来訪者数で割ったもの)。
一人占めできる、叫びたくなる、
潮騒に打たれて何もしないでいるだけで
癒されてしまう。
(70年代の湘南の海が舞台の青春ドラマみたいに!)、
叫びたくなる場所としては日本有数の場所が
観光案内に載っていない。
DSCF3147s-1.jpg

渚に流れ込む川には沈下橋のような桟橋があって
そこを渡って浜へ行ける演出。
(もうここで停滞して太陽の光と戯れて折り返そうと思ったほど)
DSCF3149-1.jpg

でも、土佐清水のまちなみや足摺岬への誘惑を立ちがたく。
岬へは半島の背骨を走る足摺スカイラインを通った。
椿ロードともいわれているが、高低差と曲がりくねったコース。
(その割に風光明媚な印象は受けない)
むしろ、西側の中浜地区を経由する県道27号線が時間距離の短さ、
景観の良さ、運転しやすさから良いだろう。
スカイラインを下るとホテルが立ち並ぶ一角に出た。
東へ少し走ると岬の駐車場があった。

降りたところに、第38番札所 蹉?山 補陀洛院 金剛福寺。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E5%89%9B%E7%A6%8F%E5%AF%BA

DSCF2901.jpg

DSCF2910.jpg

DSCF2933.jpg

亜熱帯性の植生に囲まれた境内は
四国札所の雰囲気を越えた南国の楽園の趣。
DSCF3076s.jpg

DSCF3078s.jpg

DSCF2930-1.jpg

D7N_3103s.jpg

亜熱帯自然植物園が近くにあるが、今回は時間の関係で見られなかった。

岬へは自然度の高い遊歩道をたどる。
DSCF3014s.jpg

クワズイモの大きさは見てみないとわからない。
DSCF3049.jpg

遊歩道には野鳥が多い。人が近づいても逃げない個体もいる。
D7N_3110-1.jpg

椿を見ながらの散策。足摺岬の特産品は数あれど、やはり椿油。
http://ashizuri.net/?pid=67033809
これがいいと教えてくれたのは四万十市中村の南海堂さんだった。
D7N_3140-1.jpg

空海にまつわるエピソードが散在する。
岬の直下で招くと亀が寄ってきたという。
亀呼場
DSCF2957.jpg

お大師様は岬の沖の不動岩まで亀に乗って渡ったという。
DSCF3025-1.jpg

エピソードはこちらで。
https://www.city.tosashimizu.kochi.jp/kanko/g01_7fushiji.html

灯台の直下に辿り着いた。
DSCF2958.jpg

D7N_3113s.jpg

ここから東に、天狗の鼻と呼ばれる地形がある。
展望台もあるなので行ってみよう。
DSCF2966-2.jpg

天狗の鼻からの岬がいい。
DSCF2964-2.jpg

DSCF2980-1.jpg

これは足摺岬とその周辺だけに咲くというアシズリノジギク。
もう花の季節は終わっているが、少しだけ咲き残っていた。
DSCF2996s.jpg

DSCF3071-1.jpg

このような地形はどうして生まれたのだろう。
DSCF3043-1.jpg

亀石。明日香村の亀石とはまったく違う。
DSCF3046.jpg

再び灯台まで戻り、
今度は西へと遊歩道を伝うとやがて下りとなる。
DSCF3050-1.jpg
白山神社と白山洞門へと導かれる。
室戸岬と足摺岬の相違点は海面まで降りていけるか行けないか。
岬直下は無理だが、少し離れた白山洞門へは降りていける。
DSCF3055-1.jpg

DSCF3069s.jpg

そこに広がるのがアロウド浜。
DSCF3059s.jpg
大岐の浜とは対照的な岩だらけの浜。

観光客から離れて、ここにたたずむと
四国の最果てにいる、と実感。
横たわるのはもはや土佐湾ではない。
ジョン万次郎が渡った太平洋なのだ。
DSCF3086s.jpg

今度来るときは季節を変えて
岬の東側や植物園なども見てみたい。
数日前に出会った高知県の人から奨められた
あしずり食堂の清水サバの定食なども。

土佐湾のカニの両爪のような室戸岬と足摺岬。
ここに立って思うのは
高知は太平洋をみちょるということ。
海の向こうに理想郷を見ていること。
タグ:高知
posted by 平井 吉信 at 23:11| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2017年02月11日

ミノルタMD85mmが捉えた冬の光


自由な世界に憧れた20代、
南太平洋で昼寝をしたり、
南アルプスのテントで震えていたり
遠野で河童に出くわしたり
南四国の沈下橋から飛び込んだり。
それはいまも変わっていないけれど
どこに行くのも連れだしていたのが
ミノルタのX700とMDレンズ。

デジカメの時代、
フジのX-E2にマウントアダプターで取りつけて
MDレンズが蘇った。
これはMD85oF2、典型的なポートレートレンズ。
かつてはミノルタの明るいファインダーで
渚の笑顔を見ていた。
DSCF3408-1.jpg

そのレンズを、庭の桃に向ける。
太陽が大気を貫いて届く。
をの光を受け止めて
いまが盛りと寒風に凛と咲く。
ときを経たロッコールの色を
フジの色が受けとめた。
DSCF3392.jpg
MD85mmf4、1/950秒、
緑のコーティングを突き抜けた光は数十年振りではなかったか。

雪に閉ざされそうな寒空の下、
決して恵まれた場所に植えてもらえなかった桃が
全身全霊で咲く。
振り返ることなく、ここで咲く。
DSCF3394.jpg

(X-E2 プロビア JPEG無加工)
posted by 平井 吉信 at 16:13| Comment(0) | 家の庭

2017年02月05日

山下達郎 これからも


好きな選手はイチローである。
いまも現役の大リーガーとして準レギュラーで活躍している。
そのために自分の強みである「俊足」「動体視力」「強肩」を活かしている。
でも「強みを活かす」ことは戦略の基本でありながら難しい。

例えば、もっと足が早くなれるよう筋トレを行う。
強肩をさらに堅固にするために投げ込む、といったやり方では
強みを伸ばすことにつながらない。

それよりも、わずかな動きに反応できる身体能力、
意思とそれを動かす神経、筋肉、骨格が有機的に統合されること。
だから関節の可動域の確保や体幹の均衡に留意しつつ
メンタルとの一体性からルーティンを確立するのも賢明。

こうすることで正確なバットコントロール、予測能力も含めた守備範囲の広さ、
捕球際になって伸びる制御のきいた遠投を複合的に駆使して
最多安打や高打率、盗塁王、ゴールデングラブ、捕殺などにつながっている。
しかもその選手生命が持続している。


前置きが長くなった。
イチローから連想されるミュージシャンがいる。
ミュージシャンというと、喜怒哀楽が激しい気まぐれ。
創造の泉が枯渇する不安から
酒や煙草やその他非合法の手段も含めて偏った日常に浸り、
その結果、音楽生命もまた自身のいのちも短命に終わるというイメージがある。
(魂の音楽とは幻に頼る手段でしか生み出せないものだろうか? 確かに理性が支配する脳からは感動は生まれない。でも退廃的な方法でなく理性をしばし眠らせて汲めども尽きることのない泉を内側に持つことはできるはず)


世阿弥の風姿花伝によれば、人はそのときどきに花を咲かせることができるとする。
しかし10代の花と20代の花、50代や60代の花は違っている。
そのことに気付かずに、若さゆえの花にいつまでも憧れて破滅する。
そうではないだろう。
80代のミュージシャンがいてもいい。
老害などではなく、失われた技術と引き換えに得たものがあれば。
自分と向かい合いながら、魂の高みを音楽として花を咲かせてみる―。


山下達郎は自分の健康やライフステージを意識している音楽家と感じる。
長い音楽家生命は自己管理と戦略ゆえではないかと。
戦略とは、譲るところと譲れないところを明確に、
ぶれない立ち位置でありながら時代を引き寄せるという意味で。

かつてFM雑誌であったかインタビュー記事があって、
確かこんなフレーズだったと記憶している。
「いきざま音楽なんてなくなれ!」(記憶が不確かで間違っているかもしれないが)

当時はニューミュージックの全盛期であった。
作詞に力を入れ、音楽というよりは音楽に乗せた語りのような
つまり伝道師のような音楽家にはなりたくない、とのニュアンスを感じた。

初期のアルバムは楽曲志向が突き抜けていてそれはそれで好きだ。
例えば、1979年発売の「ムーングロウ」のなかから「RAINY WALK」など。
http://amzn.to/2la4dRz

DSCF1839_HDR_1.jpg

さらに遡って1975年の「シュガー・ベイブ」での「SONGS」は時代を超越して輝いている。
どの楽曲も自由な気分があふれ、のびのびと展開していく。
http://amzn.to/2k8YZoc
ぼくは「雨は手のひらにいっぱい 」が好きで、
その後、「ハニー&ビーボーイズ」のアルバム「バック・トゥ・フリスコ」にも収録された。
アナログは持っているが、多くの人に聴いてもらうためCDで復刻されないだろうか。
(80年代半ば頃の発売だったと記憶している)
アルバムジャケットも秀逸だ。
http://amzn.to/2kFx5n4

このままできごとを綴るほどの知識と経験はないので
あとは好きなアルバムを3枚紹介するとして。
(この3枚はどれが最高というのではなく、そのときどきに無性に聴きたくなるもの)
発売順に書いてみよう。

「RIDE ON TIME」(1980年)
タイトル曲が「目を覚ませ、音楽人間」のコピーで
自身も出演したマクセルのカセットテープのCMにも使われた。
それまでの音楽と本質は変わっていなくても
時流をつかむことの機微も大切と教えてくれる。
ほんとうに実力がある人は時代や聴衆に媚びることなく、
しかし時代の空気感や聴衆を大切にしながら
時流を感じて時代を引き寄せることができる。
(生き様を語っていないが、アルバムの成功からそんな人生訓は感じる。ぼくもそうありたいと思っている)
EPOも歌っていた「いつか」のリズム隊の刻みで身体が動き出す。
DSCF5465_HDR.jpg
でも、このアルバムの白眉はB面ではないだろうか。
「夏への扉」がおだやかな午後への扉をひらいて永遠の夏をリフレインする。
「MY SUGAR BABE」で空想の空への憧れのようでもあり、
「RAINY DAY」では時代に媚びない内省的な深みがたまらない。
「雲のゆくえ」では覚醒にも似た高揚を感じ、
「おやすみ」で耽美に消えていく。
http://amzn.to/2k92XNE

DSCF5594_HDR.jpg

「FOR YOU」(1982年)
大滝詠一の「ロング・バケーション」と双璧の夏のアルバム。
楽器をやる人にはたまらない冒頭の刻みから
西海岸の乾いた風が洗練された音の洪水となって押し寄せる。
日本語がロックには向かない、なんて呪縛を解き放っている。
日出ずる国の音楽の風格と余裕を感じるのはやはり時代を背景にしている。
(いまこんな音楽は誰もつくれないよ。才能もあるけど時代がそれを阻んでいるから)
「HEY REPORTER!」が生まれた背景は理解できるけれどCDではスキップする。
ぼくの個人的な背景とはつながらないので。
http://amzn.to/2kuegkC
DSC_0036-1a_HDR.jpg

「MELODIES」(1983年)
音楽っていいなと感じるのはこんな音楽を聴いているとき。
ぼくの大好きな国道55号線を南下するとき、
「悲しみのJODY」や「高気圧ガール」は不可欠。
夏冬混合の楽曲だけれど
sky.jpg
冬に聴けば、夏への思慕、なつかしさがこみあげ、
夏に聴けば、クリスマスの頃のせつなさが蘇る。
マンハッタンズのようなテイストも感じる。
DSCF4883_HDR_1-1.jpg

山下達郎は作詞家としても秀逸。
特定の場面が現実感を持って描かれたものではなく
どちらかといえば抽象的暗示的であるけれど
そこには楽曲と一体となって感情の雲がわき上がるというもの。
場面に依存しない心象風景―。究極の叙情といってもいいと思う。

バブルに至る時代の流れで
取り残された人たちの心を捉えた「クリスマスイブ」では
イントロから賑わうクリスマスの雑踏が浮かんでくる。
歌詞にはクリスマスの幸福感はない。
人々の共感を得つつ、時代へのアンチテーゼをひそませ
普遍的な愛の場面を描いているよう。
(80年代のソーシャルマーケティング)
http://amzn.to/2l5Vzqo


もう1枚上げるなら
「Big Wave](1984年)
D7K_4329-1_HDR_1.jpg
徳島の県南部ではサーフィンをやっているから、というわけではないけれど
サーフィン映画のサントラ。
「サンデーソングブック」(東京FM)は運転中によく聞いたが
そのテーマ曲「ONLY WITH YOU」を収録。
Major7,Minor7系の解決しない和音の進行がたまらない。
ビーチボーイズのカバーが2曲「GIRLS ON THE BEACH」「PLEASE LET ME WONDER」 ある。
オリジナルも好きだが、達郎版では多重録音のコーラスを堪能できる。
http://amzn.to/2k8SqSK
DSC_00291_3.jpg

自身がバックグラウンドにしている音楽への共感と
音の仕上げの職人的な愛情と
自分のやりたいことをやりながらも
時代へのメッセージを秘めた音楽、
それがぼくにとっての山下達郎。

これからも。
posted by 平井 吉信 at 13:05| Comment(0) | 音楽