2016年10月29日

眠りの前に聞いて深い安らぎに誘われる そんな音楽があります


カフェに行けなくても瞑想の時間は取りたい。
瞑想のときには音楽は要らない。
瞑想といってもいまや宗教とは無関係。
Googleなど世界的な企業が組織的に取り入れている
マインドフルネスという考え方によるもの。
瞑想の効能はもはや大脳生理学で明確に実証されている。
専門用語でいえばヴィパッサナー瞑想。

別の話題をもうひとつ。
人は成功するから幸福なのではなく
幸福感があるから成功するということ。
ハーバード大の教授が執筆したベストセラーがある。
「幸福優位7つの法則 仕事も人生も充実させるハーバード式最新成功理論」
(ハーバードからこのような研究が出たのはさすがだと思う)
http://amzn.to/2eFhmRL

ストレスと付き合っていくために
自分をよく知るとともに
ストレスを自分で管理する(ストレスマネジメント)。
幸福を感じる心が生きる原動力であり、そのための心構えが述べられている。
(幸福感とはかつて自己啓発セミナーで取り上げたようなポジティブシンキングとは違う。後者はむしろ他人の気持ちに気付かないふりをしているのではとさえ思うのだ)
幸福を感じる生き方が幸せな生き方、というと禅問答のようだが
この本の趣旨を理解して取り入れられたら
充実感が違ってくるだろう。


さてと、表題に背かないために情報(というか体験)のご提供を。
日本ではプレムプロモーションレーベルからいいのが出ている。
音楽を聞き込んだぼくがおすすめできる厳選した3枚。

★クワイエット・アース/カマール
http://amzn.to/2eZ48NW
試聴ができるhttp://www.relax-garden.com/products/detail.php?product_id=81

この音楽を聴くと、地球の黎明という言葉が浮かぶ。
まだ生物もいない原始地球に音の風景があるとしたら
まだ旋律は生まれていないが
ゆらぎがときおり音程のつながりに昇華するとしたら
こんな音楽ではないかと。
右脳と左脳を調えるなどとうたわれているが
頭のすみずみから淀みが押し出されてすっきりとする。
特に1曲目が白眉。
空間にしずしずと響いて細胞のなかに入り込んでくる。
そこにはこの手の音楽にありがちな作為性、
「癒やしってこんなもの」の意図が感じられない。
細胞レベルで癒やされる感じがする不思議な感覚。


★タントラ/アヌガマ
やさしい波動にあふれている。
荘厳というよりは人の気配。
淡い泡の海に漂うような。
明るいけれどもおだやか。
クワイアットアースとの共通点は潮騒を感じるところ。
http://amzn.to/2eRbhlO


最近購入したのをもう1枚だけ。
これもプレムプロモーションレーベルだが、
紹介する力学も意図もまったくない。たまたま揃っただけ。

★Moon Light Ocean-海の月光浴

波の音が基本にあってそこに音楽がかぶさっている。
一般的な波音のCDは波の音だけなので
室内に飛沫が飛び交うようで波に神経が行っていまい、
居心地が悪く感じられることがある。

制作者の中田悟さんは、BSセント・ギガで耳にしていた。
(良い放送局であったが、残念ながら経営破綻)
自然音に造詣の深い方で多数の録音を残されている。
すでにお亡くなりになっていたのだ。
http://www.bayfm.co.jp/flint/20080309.html

中田さんの波の音は適度に音楽と溶け合う。
音楽(旋律)が出しゃばらず波の音が尖らない。
瞑想中にかけて良い音楽があるとしたら
これだと思う。
瞑想に音楽が向かない理由は
呼吸に集中するのに旋律や律動が邪魔するから。
(特に知っている旋律の場合。絶対音感のある人は無意識に音符にしてしまうし、そうでない人もメロディーを追いかけてしまう)
ところが、このCDは違う。
自然音と音楽がこれほど違和感なく融合しているのは
長年の経験と感性だろう。
瞑想するときにむしろかけたくなるし
眠りに就く前にかけたままでいつのまにか意識が薄れている。
(眠りは深い)

クルマの運転中にかけながら深呼吸をすることもある。
すると、意識が調って身体の調子が改善する。
その後の運転が冴える。
(眠気をさますのに使える)
http://amzn.to/2eX2Jrz


ストレスマネジメント、幸福感、瞑想―。
同義語で捉えられる。
タグ:瞑想
posted by 平井 吉信 at 17:17| Comment(0) | 音楽

笑顔と木の香り 渓谷のテラスにて とりの巣カフェ


自分で煎れても専門店に負けないコーヒーが点てられるのだけれど
それでも行きたくなる場所がカフェ(昔なら喫茶店)。
かつては万年筆とノートを持って
阿南の大菩薩峠に通ったもの。
(そこで小説を書いていた)

池のあるカフェもあれば
大正時代の雰囲気を醸すカフェもある。
海が見える丘のカフェもあれば
山懐で若い起業家が信念を持って営むカフェもある。
道の駅の一角で地元の人の出入りが絶えないカフェもあれば
Iターンの人が入江のそばで営むカフェもある。
(いずれもこのブログでご紹介している)
そして今回は…。

風光明媚な吉野川小歩危峡から支流を遡ること10分あまり。
木の建物が周囲に溶け込むようにそのカフェは見えてきた。

銅山川を見下ろす場所にあって
テラスからは川を渡る風が旅人の頬を撫でる。
カフェの楽しみは、
日常のなかの非日常を感性豊かに過ごせること。
特に時間の経過を味わえるといい。

3分で食べられる昼食、コンビニのおにぎり。
ときにカロリーメイトのようなもの。
運転しながらICレコーダーにアイデアを吹き込み
インカムで受ける電話でスケジュールの調整を行い…。

というのが誰かの日常とすると
日本の温泉宿やグランドキャニオンや常夏の島への旅は非日常。
ただし、非日常への場面転換には
移動という日常(ストレス)が付きまとう。
3泊4日の海外旅行が楽しめないのもそれ。
(まとまった時間が取れなくて海外へは20代を最後に行けなくなっている。オープンチケットとミノルタを持って1か月の旅に出たのが最後)


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そのカフェは渓谷を見下ろす景観にあった。
地元ですくっと立っていた樹木が醸し出すさまざまな木のかたち、なりわい。
そこに集う笑顔、さりげない気配りが部屋と一体となって
旅人を心地よく迎えてくれる。

許可をいただいたので写真でご紹介。
見る人がみればわかる、ふんだんに使われている材。
ご実家の山林から伐り出されたと伺った。
木々が山林で過ごした年月と
新たな役割を与えられて折り返す年月。
木にとってもうれしかろう。
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木でできたスピーカーも販売されている。
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ギャラリーではコンサートやアート展が開かれる。
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青い鳥は身近なところにいるのに気付かない。DSCF0296-4-1.jpg

料理が運ばれてきた。
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テーブルの生花は語り掛けてくる
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ふと見上げた天井に森を見る思いがする
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どっしりとした無垢の輝き
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店の顔となっている遠赤外線オイルヒーター
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いつもならカウンターは常連さんが座っているのかも。
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店内には樹木のオブジェが随所に。
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幸福の色がかたちになれば、こんな花になるのかも。
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カフェの名前の由来はこの1枚のタペストリーに。
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店主の大久保冨美さんの笑顔にくつろぐ。
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テラスでいただく食後のコーヒー。
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とりの巣カフェは、
地域の人々が集う場所、地域の外からも訪れたくなる場所、
旧交を温める場所になればとの願いでつくられた。
ここで生まれた人も、初めて訪れる人も
テラスから見下ろす渓谷に
季節によって、感情によって思い思いの色を付けていくデッサン。
どんな景色が見えるか、どんな景色をあなたは彩りますか?
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(写真は10月8日に撮影した小歩危峡のプロジェクションマッピング=未公開写真)
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吉野川小歩危を訪ねたら少し足を伸ばして寄ってみよう。

とりの巣カフェ
http://torinosucafe.com/
https://m.facebook.com/torinosucafe/

posted by 平井 吉信 at 16:18| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

2016年10月21日

りんりんりんどうはこむらさき 遠き山に日は落ちて 中津峰


午後遅い時間の登山が好きだ。
きょうも太陽が沈みかけてから家を出た。

なぜって?
したいことがたくさんあるから。
静かな山歩きがしたいから。

秋の風に吹かれて路傍はざわざわ
心はしんしん
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中津峰は頂上に近い駐車場からが白眉。
長く単調なコースもあるけれど
体力づくりには良くても感動からは遠い。
五七五ではないけれど
魅力を凝縮して短い時間に秋が肌を突き抜けていく感覚。
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とぼとぼと歩き出す。
このとき黄昏の風を感じて
郷愁のような静かなざわめきを覚える。
くすぐったい感覚。

道ばたに見つけた一輪
これはリンドウ。
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ノコンギクにとまるアブの人工的な造形はどうしたものだろう。
仮面ライダーの敵キャラのようだ。
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こないだの秋祭りのような白い花がある。
アキマツリバナと名付けてみよう。
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誰もすれ違わない、人の気配がない。
ときおり大きなガサガサ音がするのはシカだろう。
リンドウはますますにぎやかになってくる。

標高が上がるにつれ
リンドウが増えてくる。
碧い宝石と形容したい空を閉じ込めた色。
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白と桃色が混じったリンドウもあった
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写真は明るめに写っているけれど
カメラ的に解説するなら
フジX-E2+XF35mmF1.4 R f8、1/8秒、ISO800の手持ち
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同じくf5.6、1/6秒、ISO800。
手持ちで撮れるのは電子シャッターだから。
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青、蒼、碧と彩度、明度、色調を変えて表現したいアオの変化
りんりんりんどうは濃むらさき 恋むらさき
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大川原高原に日が沈んでいく。
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尖った山頂は高丸山か。
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わずかに光を宿す路傍の草を見ている。
登山口に戻る頃には一番星が輝く。

野の花には感情があるように思えて仕方ない。
夕暮れのゆるゆらぎゆめすべらかしぬくやかな時間。



タグ:中津峰
posted by 平井 吉信 at 22:56| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2016年10月19日

静かな池の畔 手にとって確かめる秋の訪れ


さやけき避暑地が近くにあった。
徳島市内から1時間もかからない。
広葉樹の森、浅瀬、湿地、谷地形と多様な植物相。
(牧野富太郎がいれば通っただろう)
山懐を流れる水は清冽。
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行き着く先は透明度の高い池。
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ほとりに散策路。
ぐるり廻って10分。
たどるたびに発見。
水面の霧と太陽の角度で景色が変わる。
天然色劇場はひっそりと。
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ここは佐那河内村。
徳島県で唯一の村でありながら
県庁から半時間少々で着いてしまう。
池は高原のふもとに。
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アケボノソウを見つけた
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霧が水面をはっていく
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白いキノコは幸福の色
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水際を歩けばハナトラノオ
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木の実を集めるのならクサギ
きっと宝物になる
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人が訪れないから鯉が悠然と泳ぐ 
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束の間の太陽が湖畔に斜めから
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オマエガオトシタノハコノキンノオノカ?ときかれそうで
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夢幻をさまよう池歩き人になって、まちへ戻れば秋の夕暮れ。
posted by 平井 吉信 at 22:54| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2016年10月16日

秋祭りの夜 しんしんと闇にまぎれる  勝浦町坂本(第3回さかもと あかりの里)


あれは20数年前だったか。
まだ小松島から阿南に南進する阿南道路はできておらず
那賀川と桑野川が接近するあたりで堤防が細くなり
田んぼか萱原が広がる低地をうねるように道が続いていたと記憶する。
事件はそのとき起こった。

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まだナビはない時代、
さりとて地図が読める。
(小学校ですでに世界地図、日本地図のほとんどの地名や地形を覚えていたので)
高校があった阿南は土地勘があるし、
身体の感覚は東西南北を捉えている。
それなのに半刻ばかり運転しているのに同じ場所に出てしまう。
めざす富岡のまちはどこに行ってしまったのか?

このまま抜け出せないのかと思ったらなんとか自宅に戻れていた。
どこでどうして道を失ったのか、どのように戻ったのかも記憶していない。

ときを同じくして親父の運転する車(母を乗せていた)も
同じところで道に迷いぐるぐる彷徨ったという。
不思議なものだ。
(おもしろおかしく書いているのではなく実話である同じような経験をされた方、投稿フオームでお知らせください)

2016.10.26情報追記
本日発刊の「小松島タウンニュース 第334号」(徳島新聞小松島市販売店会発行)によると
冒頭の泉正夫さんの「あの話この話」で県内の地蔵信仰が綴られている。
そのなかで、狸に化かされないように地蔵を建てた話として以下のように書かれている。
那賀川町江ノ島、島尻、西原地区には道を通るときにタヌキに化かされないように建てた地蔵がある。

対岸とはいえ、道に迷った場所からは近いところで3km程度である。
やはり昔からあったのか。
泉さんはいつも良い記事を書かれていて保存版にしたくなる。
20年ぐらい前だったか、教頭先生をされていた頃、
横須海岸に松を復元される活動を試みようと
わが家をお訪ねになられたことがある。
地道な研究を一生をかけて続けていらっしゃる泉先生。
この連載は単行本にならないかと切に願っている。
(追記ここまで)

なお、よくよく振り返ってみると
このあたりの那賀川の河原は叔父が見つかったところである。
叔父は、台風が過ぎた直後の那賀川で鮎がたくさん掬えると誰かに聞いて
かんどり舟を濁流に漕ぎだしたものの
直後に水衝部でテトラに激突して消息を絶っていた。
仕事を休んで海までの河原をくまなく探したもの。
遺体は見つかったのがせめてもの幸い。それがこのあたり。

きっとタヌキにたぶらかされたのを
叔父が助けてくれたのではないだろうか、と思うようになった。

徳島では深夜に佐古の方面から眉山を見ると
篝火が踊っているのが見えるという。
そんなときは見ないふりをして寝るのに限るらしい。
好奇心で袖の下から手を招こものなら
たちまち遠い山の灯りが目の前に火の玉となって押し寄せる、
との言い伝えがあった(三田華子「徳島の昔ばなし」)。
※かつて芥川賞候補にもなった徳島市出身の作家。
小山助学館から出ていた「阿波狸列伝」は傑作で電子書籍化されないものだろうか。


このように魑魅魍魎は日常と非日常の重なる場所や時間帯に
ごく当たりまえに存在していたのではないだろうか。
そのなかのいくつかは科学的に説明できることがあるだろうし(エリア51)
説明できないこともあるだろう。
しかし否定することなくしなやかに受け止めて
そこから何か教訓を得られれば良いのではないだろうか。

前置きが長くなった。
勝浦町の坂本地区で、「さかもと あかりの里」と題して
行灯を使った行事があると聞いた。
幸い仕事は朝から夕方までで終えることができたので行ってみることにした。

坂本地区は勝浦町の奥座敷という場所にあって
上勝町と境を接する。
勝浦川の支流坂本川を細い県道がひょうひょうと続いていた時代は
小松島から上勝町福原まで1時間半かかったもの。
親父の車に乗せられて、旭や殿川内でアメゴ釣りをした。
小学生の時分、合流点で尺のアメゴを釣り上げて魚拓をつくったことがある。

そんな坂本地区も1990年12月3日に坂本バイパスが完成し
上勝町内の道路整備も進んだ今日、
小松島から月ヶ谷温泉までは40分少々で行けるようになった。
しかし、みかんで栄えた坂本地区も高齢化と少子化が進み
1990年3月18日に最後の卒業生6人を送り出して
地域の子どもを育んできた坂本小学校が百年の歴史を閉じた。
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その廃校を活用して2002年3月3日に
地区が運営する農村体験型宿泊施設「ふれあいの里さかもと」が開かれた。
今年で14年目を迎える。

3年前からは行灯を使った秋祭り「さかもと あかりの里」が開かれるようになり、
今回初めて行けることになった。
2004年11月には実際に宿泊してお話を伺うとともに
宿のお世話になった。
地区の海川さん、森本さん、新居さんをはじめ、
みなさんつつがなくやっていらっしゃるかなと。


さてと夜がやってきた。
県道から坂本地区へ降りていくと
地区の人が誘導灯で迎えてくれる。
いったん降りて坂本川を渡り
再び上がってふれあいの里さかもとにクルマを停めた。

祭りといっても行灯の灯だけで人工の光源はない。
石積みの階段を注意深く進んでいく。
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目が慣れると少しずつ道の輪郭が見えてくる。
デジカメだから明るく写っているが
実際は1枚目の写真が雰囲気に近い。
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灯籠は手作りで思い思いの言葉や絵が描かれている。
地区の産土神社が見えてきた。
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地区の若い女性たちによる女神楽
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境内には夜店も出て幻想的な雰囲気
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境内では吹筒花火が始まった。
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銀河の誕生の瞬間、のよう
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いや、それよりも…
それは、いつ生まれたのか誰も知らない。
暗い音のない世界で、ひとつの細胞が分かれて増えていき、
3つの生き物が生まれた。

https://www.youtube.com/watch?v=Z8d-OLZHhtE

次に打ち上げ花火が始まった。
境内の樹間から火の手が上がる。
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放浪の画伯がいたら、こんなふうに描くかも
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坂本地区に火の玉が迫る!!
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花火が終わると人けが少なくなっていく
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静まりかえった境内でこれから始まるものがある
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それはもののけの時間
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千と千尋の場面のように
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祭りの夜、行灯をつてにヒトもケモノもタマシヒも浮かれ出る。
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坂本八幡神社の夜がしんしんと。
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(2016.10.14 さかもと あかりの里
posted by 平井 吉信 at 12:14| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2016年10月09日

吉野川小歩危峡 渓谷に咲く花 プロジェクションマッピングによる風景


身近な草花や植生を追いかけている。
ときに光の花が自然の造形に映し出されるということで
それを見るのもいいだろうと訪れてみた。

場所は小歩危峡。
前回訪れたのは1か月前のこと。ラフティングでは全国有数の場所だろう。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176663031.html

その秘密は四国山地を横切る横谷(おうこく)にある。
吉野川の大歩危小歩危の白眉は
白川谷との合流点から上流の小歩危峡だが
その付近に岸壁と合流点付近の河原に投影するというもの。

開始半時間前の投影場所
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18時に開始されたが、あたりがまだ薄明で鮮明には見えない。
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カメラでは肉眼よりも明るく捉えてしまうので
目で見た感じに近づけるとこんな感じ。
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太陽は落ちているが、岸壁に光が当たり始めた。
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色が変化するのは
アサガオ、ヒマワリなどと季節が変わっていくからだろう。
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時間が進むにつれて映像が渓谷に浮かび上がる。
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ここが前半のハイライト
(といってもプログラムを再生しているのではなく現場で描いているらしい)
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なお、撮影にはISO3200〜6400が必要。
レンズはXF18-55mmF2.8-4 とXF35mmF1.4 Rを使用。
f2でも速度は1/10〜1/20程度(マイナス1/3〜2/3EV補整)。
映像は絶えず動いているので
映像を止めるのならISO12800、f1.4、1/60秒程度か。
(小型のデジカメやスマートフォンでは難しいだろう)。
しかも会場は混み合うので三脚は不適当。
(邪魔になるし引っかけられるなど事故が想定される)。
だから登山用の1本ストックに載せて手持ち+電子シャッターで撮影した。

樹幹ごしに見るとアートに見えてくる
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場所を変えてみた。
開始当初からずっと標準レンズ。
ISO6400、f2.8で1/10秒。
金の鉱床に彷徨っているよう。
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肉眼ではこれほど明るくは見えない。
渓谷の水の流れが見えるのは
光を蓄積して一定の明るさに仕上げるカメラならでは。

闇夜に浮かぶ光芒はときに金属質な透明感を見せることがある
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本流は右から左へ流れている。
画面下から本流に合流する白川谷の流れに光が当たっている
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ヒマワリがご覧いただけるだろうか。
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ヒマワリとアサガオと椿が揃った
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樹木ごしに見える風景こそが白眉ではなかったか。
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魚はうごめく光にどんな反応を示しただろう。
カニは? ウナギは? アユは? 
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小歩危峡は静かな昼間を迎える。
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posted by 平井 吉信 at 18:04| Comment(0) | 徳島

2016年10月08日

仁淀川 鎌井田地区 仁淀ブルーを求めて再訪


仁淀川の鎌井田地区を通りかかったのは1か月前。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/176728281.html
そのときは渇水でありながら水が濁っていた。
鎌井田地区を抜けるには細い道と崖崩れの怖れがある。
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道沿いの崖に咲いているのはゲンノショウコの赤花。
この花のたたずまいが好きだ。
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仁淀川が見えた。
今回は台風一過でやや水が濁っていた。
仁淀ブルーを見たかったが、これはこれで見応えがある。
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浅尾(あそう)の沈下橋は本日晴天なり
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さらに下ると片岡の沈下橋が見えてきた。

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これから国道194号、439号経由で高知の本山、大豊を抜けて
徳島の山城へと入っていく。
大歩危で夜の仕事があるのだ。

今夜見る夢はどんな夢?
さらにさらに仁淀ブルーが思い出されて。

【追記】
仁淀川の観光関連の組織などが水量と透明度(5段階など目視の感覚的なもので可)を
WebもしくはTwitterなどで発信してみてはどうだろう?
2016年10月8日(土) 天候 曇りときどき晴れ 水量4/5、透明度3/5などと。
http://niyodogawa-kanko.net/
観光とは、そんなところがもっとも大切なのだ。





posted by 平井 吉信 at 23:46| Comment(0) | 山、川、海、山野草

四万十物語 いちごようかん 道の駅よって西土佐の宝物


道の駅よって西土佐で購入したものからひとつだけ紹介。
地元の特産品のいちごを使ったようかん、という軽い気持ちで買ってみた。

道の駅の特産品には当たり外れが多い。
ネーミングで奇をてらったり
地元の素材を使っているが完成度が低い商品や、
素材はわずかで香料などでごまかしているもの、
パッケージや容器に陳列や実使用での実用性に乏しいもの。

ところが、この商品は長年にわたって作り続けられていた。
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価格は小さいもの(135グラム)が350円と手頃。
食べてみて驚いた。
例えていうなら、いちごジャムを上品なようかんにしたよう。
なにせ、砂糖よりいちごの含有量が多いのである。
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緑茶はもちろん、コーヒーとも相性が良い。
いちごのみずみずしい風味、香りがようかんから立ちこめるようで
いちごの魅力に光を当てて新たな魅力をつくりだしている。

ぼくはこれをつくる人たちの顔が見える気がした。
新鮮な素材をていねいな仕事で、コツコツとつくっておられるのだろう。
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どんな人たちがつくっているのだろう。
また、西土佐へ行く理由が増えた。
posted by 平井 吉信 at 00:21| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

2016年10月07日

道の駅よって西土佐 寄ってみた 

 
日本最高気温が生まれたのは、2013年8月12日。
四万十市西土佐江川崎 摂氏41.0度
http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/rankall.php?prec_no=

それから2年8か月後の2016年4月10日、
(4月10日も洒落か。つぐづく4と1と0に縁がある地域である)
西土佐の江川崎に道の駅が誕生した。
道の駅よって西土佐」。
地区の人たちが中心となって運営しているという。
以前から注目していたが、なかなか行く機会がなかった。

駐車場こそ広くはないが
建物は地元の木材をふんだんに使っている。
1階は、四万十川産の天然鮎だけを扱う鮎市場、直売所、食堂、カフェが並ぶ。
※鮎市場 8:30〜17:00 (鮎塩焼実演販売 10:00〜15:00)
※水々しい市場(野菜・お土産品売場) 8:30〜18:00
※西土佐食堂 10:00〜16:00
※ストローベイルSANKANYA 10:00〜17:00

全景。駐車場は道を挟んで四万十川を見下ろす場所にもある。
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四万十牛カルビ丼が580円(肉は横山精肉店提供)。
まとめ役として奔走された林駅長のお顔がディスプレイで大写し。
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水々しい市場と名付けられた直売所。
木箱を使って少量をていねいに、部分的には立体的に見せている。
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目を引く店内に置かれた軽トラ。
百姓のおんちゃんが
採れたてを持ってきちょるけん、
と声が聞こえてきそうな。
(百姓とは良い響きの言葉)
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季節が並べられる。いまは栗やけど、莓の季節も待ち遠しい。
プレートは、にしとさ(に41−03)と読める。
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西土佐の売りのひとつ、山間米
http://www.sankanya.com/shohin_masubukuro.html
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ていねいに包装され、ていねいに並ぶ。
JAの直売所には抜け落ちちょる視点
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初めて見たサマツダケ。松茸のような風味ながよ。
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ツガニ。徳島ではモクズガニ、ケガニなどと呼んでいる。
カニカゴに魚のアラを入れると簡単に採れる。
テナガエビを採ろうと夜中にライトで川底を見ていると
モクズガニが移動していくのを見ることがある。
エビ用の網で急いで後を追いかけたもの。
四国のどの川にもいるのだが、常時並べられるのは四万十ならでは。
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加工食品や中村の特産品も並ぶ。
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やはり温度計は必要。江川崎(えかわさき)ですから。
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食堂ではパスタをいただいた。
地元の人は自分でおかずを取り分けるスタイルのようだ。
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2階には立派な会議室、休憩室など多目的に使える部屋がある。
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四万十川、沈下橋と地区のジオラマが置かれている。
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カフェ ストローベイル山間屋さん。
地元の素材を使い、添加物を加えずていねいにつくられている。
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コーヒーとお菓子をいただく。
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代表の中脇裕美さん。
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役場を早期退職されて地域の特産品を外へ向けて売る仕事を始められた。
山間米もそう。商品からそのメッセージは伝わってくる。
四万十川の桃源郷 口屋内のご出身だとか。
口屋内へは支流の黒尊川が注ぐ。
20年ほど前、黒尊川源流のブナの山、三本杭に正月に登ったことを思い出した。

道の駅ではテーマソングが流れる。洗脳されそうなフレーズで「鮎 鮎 鮎…」と連呼。
鮎市場は天然モノだけ。
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柴田聡子さんによる道の駅の公式ソング。一度聴くと耳に残る。
平坦なリズムは何度も繰り返し聴きたくなる。
鮎、鮎と畳かけてサブリミナルのような効果も感じられる。
西土佐の世界観が歌を含めてぶれなくチューニングされている。
https://www.youtube.com/watch?v=cSrzecKB3-k
時代に背を向けて歌っているようで時代を生きている。
才能のある人だと思う。彼女も西土佐で暮らしたこともあるとか。

売るためにはマーケティングが必要だが、
その仕掛けの色が濃すぎると
良質の客層に敬遠されるのも事実。
(楽天のような売り方をしていると仕掛けの匂いを感じて良質の顧客層が逃げ出す)
ぎらぎらとしていないが、さりとて買って欲しい気持ちはあるという立ち位置。

前者は、売るためのプロセス(仕掛け)を計算するもので、
その過程で、匠の技を仕立て、こだわりの製法などと限定商法を組み合わせ、
マスコミのスパイスを振りかけてコンテンツを紋切り型の流れにするもの。
SNSを徹底的に活用するのも流儀。

後者は、地元にあるものを磨きつつ
来客の反応を見て微調整を行う方式。
SNSは使うけれど、それよりも現実のつながり(肌感覚)を重視する。
(特産品の開発と販売を本気でやりたい人はSNSは使わないのがおすすめ。ほんとうの実力と良い客層は掴めないよ)
背伸びをしないけれど、
親身になってあげるという姿勢が大切なのだろう。
(いつも思うけれど、地域の活性化ができるかどうかは住民が来訪者に対しどのような運転マナーで迎えるかに尽きる。おもてなしの気持ちはそこに表れるのだから)

四万十川が中流から下流へ向かう屈曲点。
中村、宇和島、窪川への交通の結節点。
(以外に宇和島が近くて便利)
四万十の山の幸と、
川の幸(アユ、ウナギ、ツガニ、テナガエビ、ゴリ、アオサノリ)がふんだんにある。
カヌーのメッカという観光資源に加えて
(道の駅ではアウトドアは訴求していない。選択と集中に基づく戦略なのだろう)
日本最高気温でも有名になった。
西土佐の江川崎は恵まれた地理的条件にある。
そこに惹きつけられた人たちが次々と移住して戦力となっている。
なにより地元の人が灯を灯そうとしている。

それまでは四万十川という観光資源は地元を素通りしていった。
そこに人の伊吹や風土を折り込むと
軽トラと沈下橋というモチーフになった、ということなのだろう。
クリエイターの思い、地元のまとめ役の駅長、地元出身の市長の後押しも大きいだろう。
(行政主導でありながら集団的合意の弊害があまり感じられない)

いまの時代、風当たりが強い道の駅だが
こちらも立派なハードでやや過剰投資と思える(特に2階)。
しかしここを徹底的に活用して10年後、20年後を見据えて
持続的に機能するためにはプレーヤーをつくりだす必要がある。
それには現役世代が楽しそうに仕事をしているところを見せないと
スタートを切れない。
道の駅をつくるなら思いを持って
この水準のソフト、運営体制、巻き込み、発信が必要ということを教えてくれる。

効率や量産といった都会や工業の尺度から離れて
できるだけ良いモノをつくる。
それは必然的に四万十という風土から人の手によって生まれる。
それを内に外に大切に伝えていく場が道の駅ということが伝わってきた。
(地元の人で賑わうこと。それなくして外商は困難)

一つひとつの商品も魅力的だが、
道の駅に関わる人々も魅力的であることが動画から伝わってくる。
https://www.youtube.com/channel/UCWBmkqeQZ0Su26pgndbNJsA

と同時にここが地元の人+Iターンによる人材が育っていく場所にもなっている。

道の駅「よって西土佐」と地域の発展を応援したい。
posted by 平井 吉信 at 00:01| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2016年10月06日

台風一過の四万十川 佐田の沈下橋 


台風の接近が予想される10月第2週、
予定より1日早く現地へ入って待機した。

そこでの仕事が終わって次の仕事場へ向かう移動の時間を利用して
高知県西南部の四万十川、仁淀川経由で吉野川上流へと向かった。

前日の台風は一時風雨が強まったが一瞬だけ。

中村の郊外にある佐田の沈下橋へ向かった。
四万十川は不思議だ。
海まであと十数キロというのに平野がなく
川が山裾を洗って流れる。
そのため川沿いの道路は崖を切りひらくため
すれ違いが困難である。
普段は地元の人ばかりなのでそうでもないが
連休などにさしかかると
離合のコツを知らない観光客が渋滞を引き起こす。
それでも四万十川。

沈下橋から上流の川幅いっぱいの水に
みちみちた気分になれる。
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川が幸せそうな顔をしているから

人も幸せを感じる。
それが四万十川。

今日の大方の海は空がひろい。
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仁淀川へ続く
posted by 平井 吉信 at 23:12| Comment(0) | 山、川、海、山野草