2015年12月20日

コップのフチ子さん クリスマスの衣装で登場


コップを置く仕草で文章を始めた11月22日のブログからコップつながりで。

もうすぐクリスマス。
まちは幸福の赤に染まり
人々の暮らしを見守る。
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政府は、時代錯誤意味不明の迷走を続けちゅうが、
(ぼくの描く理想の未来とは180度違う)
庶民のくらしは平和そのもの。
(忍び寄る影も感じるけれど)

コップのフチ子さん、クリスマス版登場。
海洋堂つながりでフィギュアの話題をと思ったもので。
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フィギュアであれ生身のヒトであれ
微笑みから思いを伝えることはできる。

ガシャポン コップのフチに舞い降りた聖夜の天使 コップのフチ子 クリスマス 5種アソート

道後温泉限定版(ご当地版)もあるとか…
コップのフチ子 温泉 バージョン 手ぬぐい 愛媛 道後温泉 限定 ネイビー ご当地 四国 愛媛県 フチ子 グッズ ふち子 てぬぐい 紺

ヨーグルトのCMもあるとか
https://www.youtube.com/watch?v=tyBtU9g5PhY

posted by 平井 吉信 at 16:52| Comment(0) | 生きる

うみがめとねこ ウェルかめ日和佐へ


日和佐の続き

港の近くの定食屋で昼をいただく。
順番待ちの列ができている。
地魚(アオリイカとスマガツオだった)のさしみと阿波尾鶏の定食。
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食後の散策は港まで。
ネコが多い。
野良猫だが気品がある。
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釣り人にもらったのはメッキアジ。
良型なら人間が食べるところ。
外湾に向けて流動ウキとカゴ仕掛けでは
シマアジが釣れる。
こちらはさらに美味。
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港の対岸には照葉樹の森、さらに港が見える丘には城。
水の透明度は高い。
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四国のみちを散策して帰路に就く。
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特にできごともない一日。

posted by 平井 吉信 at 16:27| Comment(0) | まちめぐり

品川のニコンミュージアムと富士


浜松町界隈で会議を終えたあと、
懇親会に参加して翌朝帰ることになった。
そのまま空港へ行くつもりだったけど、
わずかな時間を見つけて
品川駅から10月に開設されたばかりのニコンミュージアムへ。
京急で羽田空港へ行けることがわかったから。

ニコンといえば、ニコンF。
これに標準レンズNIKKOR50oF2を付けて
星夜写真を撮影していた人がいた。

知人の新聞記者がF3をいつも持っていた。
ジウジアーロが手がけたデザインで
精悍でかっこよく、
このカメラでバリ島を写して
土門拳賞を取った人の写真集なども求めたことがあった。
(「バリ超夢幻界」)

川が好きな友人の写真家はF4を使っていた。

かくもニコンに憧れながら
ニコンの一眼レフは一度も使ったことがなかった。
ミノルタのX700の自由な風が気に入っていたから。
明るく高倍率のファインダーで光と影を見ていたから。
このカメラで縄文を求めて青森へ、
民話を求めて岩手へ、
もののけの屋久島の森へ、
西表のマングローブに、
地球の裏側の広い海を求めて南太平洋へと旅に出た。

そんなこんなでAF時代にはカメラを買うことはなく
ミノルタで約20年通していた(いまも極上の現役)。

ようやくニコンを買えたのは
デジカメ時代になってから(D50)。
600万画素のバランスの取れた機種で
いまでも姪が使っている。

次に購入したのがD7000。
次々と新型機が出て
D7000のようなAPS-C・16メガ機は見えなくなった。

このところ、ニコンは元気がない。
買いたいと思える機種が見当たらない。
用途によるが、画像処理エンジンの世代も加味すると
D810、D750、D7200の三択ではないだろうか。

このなかでD750はもっともバランスが取れた買い得機のように見えて
実はシャッターショック(ミラーショック)が大きいという致命的な欠点がある。
実物に触れたときに、三脚とミラーアップ前提のカメラと判断した。
D810には不満がないが、
データ容量が大きい、カメラも重いなど、山野を駆け巡るには不向き。
となると、消去法でDXフォーマットのD7200となるが、
高画素機を使いたくないこと、ローアングルへの対応、肩液晶の表示の少なさがネックとなっている。

ニコンは、解像度を上げるためには高画素化よりも
シャッターメカニズムの洗練を行っていくことが先決。
そして質実剛健ななかに、使用感というか官能的な感触を向上させて欲しい。
DXフォーマットの広角レンズの充実も望みたい(例えば、DX16oF2など)。

そんなことを思いつつ、ミュージアムを訪れた。
品川駅からの回廊は朝の光に包まれている。
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ニコンミュージアムは品川駅からすぐのところにあった。
著作権の関係で動画は撮影不可だが、展示物の写真は構わない。
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真っ先に行ったのは銀塩時代の一眼レフ。
なかでもFE2はとても実用的で良いと思ってX700と最後まで迷った。
でも、ミノルタの醸し出す自由で南洋的なテイストが優ったのだ。
(これには地元出身の「楽園」写真家の幻影もある)
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ニコンF
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ニコンF3
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ニコンFE2
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黒く落ちた館内で立体感を演出する光に浸る。
そろそろ京急に乗らなければと後にした。

日本の写真機をあたためつつ
羽田空港から南ウイングで徳島に向かう飛行機の機内から
大地に鎮座する富士がまぶしく見えた。
(富士フイルム X20にて)
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三原山と噴火口
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雲を見ていると飽きない
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高い空から地上を見ていると
日本や地球が恋しくなった。
そこで地図帳を買った。
国の名称は変わったけれど
気象や産業なども見ることができる。
買って良かった。

新詳高等地図 (Teikoku’s Atlas)





posted by 平井 吉信 at 14:38| Comment(0) | 趣味

2015年12月06日

神秘の後世山 長宗我部夫人の魂が眠る 冬でもご注意!


ときは豊臣政権が滅亡しようとする時期、
大坂方に与した長宗我部盛親(元親の四男)は京都で滅ぼされた。
そのとき土佐をめざして徳島の南まで落ち延びた夫人が
土地の者にだまし討ちされて命を落としたと伝えられる。
その後、丁重に祀られて
目の病気に効くとのご利益が知られるようになった後世神社が山頂近くにある。
このような伝説があるがため
氏子も年に2回の例大祭以外は近づかないと聞いた。
そこで、この山の山頂をめざしつつ、神社に詣るという計画を立てて
趣旨に賛同する人を「後世山探検」と称して集めたことがあった。

インターネットなどない時代、言い伝えは判明したが登山路などわからない。
そこで、この山の南面に源流を持つ北河内谷川(日和佐川の支流)の支流をめざし
ここから斜面に取り付けばなんとかなるのではないかと考えた。
林道はやがて舗装がなくなり奥へと詰めていく。
すると、犬が現れた。
この犬の後を着いていくと、岩盤が赤茶けた滝に導かれた。
「久望(くも)の赤滝」という幻の滝があるとも聞いていた。
まさにここである。
滝の周辺からのルートを開拓すべく、
沢を登ると、今度は黒い滝が見えてきた。
しかし、それ以上は前身しても山頂にたどり着けそうにないと判断して引き返した。

ちなみに、見慣れぬ人を見ると、
「着いてこい」とばかりに誘導する犬たちの名前は
エス、ケープ、ゴマという名前だった。

後世山探検隊はその後ルートを変えて合計3回出撃したが
後世山へ登る手がかりは得られない。

こうして数年が過ぎた頃、
徳島県内の山の案内本が出版され、
そのなかに後世山の登山路が記されていた。
それによれば、南東の星越峠からの尾根道のようだ。
また、南斜面からの枝尾根をたどるルートもあるかもしれない。
いずれにしても、マムシやヤマカガシが多い土地であり
5月から10月ぐらいまでは避けたほうがいい。

星越峠からのルートは距離はそこそこあるが
こう配のゆるやかな前半のアプローチで距離を稼ぎ
最後は急な尾根を辿るものの難路という感じではない。
こうして9合目辺りと思われる平坦な場所に後世山神社がある。
開けた場所で北は橘湾を望むことができる。

山頂は神社からさらに奥へ進み、初めての人にはわかりにくい尾根をとれば到着する。
標高538メートルの山頂には展望はない。

後世山への記録写真を見たい人は引き続いてどうぞ。


野いちごが豊作のようだ
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岩に挟まれた小径の緑に目を留める
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常夜灯の痕跡
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花が少ない時期、万両の朱色はなごみ
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この日見つけた数少ない花はスミレの一種
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背骨の化石のような樹木
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葉っぱの展示台かと
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晩秋を過ぎて冬となっても緑は濃い
先入観かもしれないが、昼でもこの雰囲気だから
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分岐のように見えるが、右のトラバースでいい
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背丈の低い常緑樹が密集している
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木の実を見つける
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ロープのある急登を終えると開けた場所に出る
後世神社と狛犬(忠犬國照とある)
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地図とコンパスで確認しつつ山頂へ着く。展望はきかない。
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山頂にはイナゴがいた。
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ここでおにぎりを食べていると、ザックを這い上がる小さな虫に気付いた。
ダニだった。枝に移らせて遠くへ捨てた。
すべてのダニが媒介するとは限らないが
噛まれたら日本紅斑熱/リケッチア症を発病することがある。
このことを日本で発見したのが
星越トンネルから10分のところで開業されている
(まさに地元の)馬原医院の馬原文彦医師である。
馬原先生は2012年にダニ専門の研究所を設立された。
http://www.city.anan.tokushima.jp/docs/2013022100038/files/2-5.pdf
http://www2.tokushima.med.or.jp/kenmin/doctorcolumn/hc/660-230

実は私の知人も約十年前に
海部郡内で噛まれたことがきっかけとなって亡くなった。
虫除けスプレーが有効で肌を露出させないこと、
藪に入らないこと。
もう12月なのでだいじょうぶかと思ったが、
山頂でもイナゴがいる低山では冬でも油断はできない。
食事は藪の近くではなく、
後世神社のような開けた場所がいいだろう。
日本紅斑熱は四国東南部だけの風土病ではなく
(地球温暖化の影響だろうか)
西日本各地で見られることがわかっている。
ダニに噛まれたことを知ったうえで
潜伏期間を過ぎて高熱が出た場合は
(高熱、紅斑、刺し口の3つに注意)
そのことを受診時に告げると生命の危機になることは少ない。
正しい知識を持って
初期に対処すれば(テトラサイクリンの投与)治療できる。
ダニに噛まれたことが患者も医師もわからないまま
対症療法を続けつつ
あらゆる可能性を想定して検査を行ううちに手遅れになってしまう。
正しい知識で向き合えば必要以上に怖れることはない。

鹿よけのネットは通過のたびに空けて
また紐をしばっておくのが決まりごと。
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紅葉の名残
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独特の赤を中心に色彩をまとった岩が多い。
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posted by 平井 吉信 at 20:20| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2015年12月05日

暮れゆく森と妖怪とうみがめと


えっとぶりに書く。
いや、することがたくさんあって。
こっちまで手がまわらんで。
ぼちぼちと。

山も久しぶり。
例によって思い出したように
そうだ、山、行こうと(京都に行くわけではない)
思いつきで出て行く頃には(いつものことながら)
太陽が傾いている。
気にしない。
帰りは足元が見えないような森をとぼとぼと帰る。
イノシシに出くわしたら闘うつもり。
いつもそうだ。
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星を見に行くときもそうだった。
親父に望遠鏡ごと、人里離れた山中に放置してもらう。
携帯電話もない時代、公衆電話もない場所に翌朝迎えにきてもらう。

ケケケケケ
ズバリヴァリジヤル

言葉で書けないような濁った感じの
人間界の律動とは異なる非線形非対称の音が
遠く近く響く。
それは動いているようにも聞こえる。
けれど、空は澄み渡り、
星は星座のかたちがわからないほど瞬く。

翌朝、何事もなかったかのように
迎えのクルマで自宅に戻る。
それからぐっすりと寝る。
それはそれで幸福な夜と朝だった。

ところは中津峰。
標高700メートルといってもすでに寒い。
森に太陽は差し込まず
平坦にほの暗い。

枝の縦の線、横のつながる線、
緑をたたえた枝、葉を落とした枝。
ああフラクタルな。
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それが尾根に近づいて太陽が山の低いところの上にあると
斜めから照らす。
光が森を突き抜けて
葉裏を透かしてなお明るい。
その葉っぱ、じっとせよ。
風を受けながら何枚かシャッターを切った。
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だんだん足元が暗くなっていく。
手がかじかんで写真を撮るのがおっくう。
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そろそろヘッドランプの準備をしようか、
それとも半暗闇に浸ろうか。
木々が妖怪の影絵に見える
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

魑魅魍魎を描いたあの人が逝った。
妖怪の匂いのしない明るい境港をこの春に旅した記録を。
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→ 徳島は山城地区の妖怪はこちら
http://soratoumi2.sblo.jp/article/162504391.html

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  .。'*・☆、。・*:'★     .。・*:'☆
 ☆、。 ・*'★ .。 ・':....*.:'☆        .。・:'*・':'・★

いまから数年前、美波町を舞台にした連ドラ(ウェルかめ」が放映された。
地元日和佐町では、一日に3度住民が見るので視聴率300%!などといわれた。
徳島の素材を研究して固有名詞などに工夫の跡が見られたものの、
地元愛を抜きに語れば、
次の放送が見たいとわくわくするものは感じなかった。
(視聴率は歴代ワースト1という声も)

その次にやってきたのが「ゲゲゲの女房」。
前ドラマの煽りを受けて低い視聴率で始まりながら
素材のおもしろさに役者の演技も加わって
NHKとしてはヒット作となったもの。

モデルとなった水木サンは、幸福の幸福の七ヶ条を告げた。

第一条 成功や栄誉や勝ち負けを目的に、ことを行ってはいけない。
第二条 しないではいられないことをし続けなさい。
第三条 他人との比較ではない、あくまで自分の楽しさを追及すべし。
第四条 好きの力を信じる。
第五条 才能と収入は別、努力は人を裏切ると心得よ。
第六条 怠け者になりなさい。
第七条 目に見えない世界を信じる。

これを意識しているつもりはないけれど、
自分では地でいっていると思う。
ただし第六条だけはなりきれていない。


ぼくは、2010年に「かめランド憲章」(かめへの思い)を作成し、
美波町での亀とともにある暮らしを提唱した。

第1条 美波町はいいところ
美波町をうみがめの聖地とすることをめざします。
(ただし、スッポンの聖地にはしません)

第2条 愛情
3度のご飯よりも、うみがめが大好きです。
(ただし、かめを食べません)

第3条 環境と行動
うみがめを愛しています、という気持ちを行動で表現します。
(ただし、うみがめと結婚はしません)

第4条 うみがめ経済生産(UGMP)
うみがめにちなんだユーモア、特産品、グッズをつくります
(ただし、ユーモアは売りません)

第5条 まちとうみがめ
うみがめに元気をもらって、まちを元気にしよう。
(ただし、かめをいじめません) 

第6条 実現させたい夢
うみがめのかたちの人力車を走らせたい
うみがめのかたちのクルマをつくりたい
うみがめが産卵しやすい自然豊かな大浜海岸をいつまでも守り続けたい

以上を心に刻み、
かめランドを通じて、かめとひとの心を結びます!!

(ここまで。はやらなかったけど)

妖怪もうみがめも暮れゆく近所の山もみんな違ってみんないい。

タグ:中津峰
posted by 平井 吉信 at 20:42| Comment(0) | 山、川、海、山野草