2015年10月19日

いづくも同じ 秋の夕暮れ 那賀川の落ち鮎釣り


日没が近くなると吹く風に寂寥が漂う秋の夕刻。
水音高く流れた季節も過ぎて、しずしずとたたずむ川面。
落ち鮎をねらう釣り人は、数百年前と変わらぬ影絵。

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下っていくのは季節や水、鮎だけではないかもしれない。
そんな心に水面は黙って残照を映す。
タグ:那賀川
posted by 平井 吉信 at 17:55| Comment(0) | 気象

2015年10月14日

徳島大学の薬草植物園の一般公開の日


年に1度、数日だけ公開される。
場所は徳島市国府町で、土地勘がないと辿り着くことは難しい。
道路も狭いし駐車場からの出入りも気を使う。
それでも、見たい気持ちが強くなった。
仕事で鴨島方面へ向かう日と重なったため、
1時間ほど早めに出て途中で立ち寄ることとした。

徳川家康の長寿はその淡々とした哲学(処世術)とともに
自らが薬草に親しんだことがある。
薬草の効用はもとより、健康管理の重要性に気付いていた。
(戦国の世では経験がものをいうため、競合より長く生きると有利)

普段接している山野草でも
トリカブトやセンブリなど薬草とされるものは少なくない。
薬草を料理に取り入れているのは月ケ谷温泉で、
以前に紹介したところ。
http://soratoumi2.sblo.jp/article/73836190.html
http://soratoumi2.sblo.jp/article/59956611.html

健康でいることが目的ではなく
充実して人生を生ききることの意義、
その爽快感を味わいたくてぼくは生まれてきたように思う。
けれど、健康でなかったとしても
くよくよせず、受け容れればいい。
そこから広がる可能性、というより
健康な身体では気付かなかった世界が見えてくる。

西洋医学の拠点のような徳島大学薬学部が
薬草の研究を続けているという点も興味がある。

といってもアカデミックな話題ばかりでなく
花を見ると、つい意思疎通を図ろうとするのは性。

名称をメモしなかったし、
名前を知ることにさして興味はない(山野草でもそうだが)。
まずは、生命体として付き合ってみる。

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リュウキュウアイ(間違っていたらご容赦を)
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アイ(藍染めに使う)。雑草のようだが、こんな花だと知っていた?
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媚薬として使われたイランイラン。
南の島では、花嫁さんを迎える初めての夜にベッドにまきちらかすという。
それは、花に託した愛のメッセージ。
人生に一度しかないその夜のためにイランイランを使う。
実際に落ちた花びらから匂いをかいでみた。するとその気になった(かも)。
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生き物の気配を感じたら、キリギリスの仲間(ヤブキリか?)だった。
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人のそばにいるが気付かれない
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一眼レフから小さなデジカメ(X20)で5センチに接近
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逃げずにこちらをうかがっている。
昆虫は瞬時に危険か否かを察知して
危険でないと判断すれば好奇心を働かせているのでは?
そう感じるしかないキリギリスの表情。おもしろい。
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徳島市近郊の田園地帯の一角にある薬草植物園から
社会に役立つ発見が生まれたらいいな。
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タグ:藍染め
posted by 平井 吉信 at 00:05| Comment(0) | 生きる

2015年10月10日

日和佐川 南国の初秋に水の楽園たたずむ


快晴の一日になった。
NHKの「さわやか自然百景」で「徳島 日和佐川」が放映される前日、
日和佐川を訪れた。

長さ16.3kmの川でありながら
ダムがないこと、集落が少ないこと、
海と源流域が近いことから
生き物の宝庫となっている。

自然度の高い小さな宝石箱、という点では
四国の清流の白眉だろう。
この川に魅せられて住み着いた人もいる。
川遊びの達人のも終の棲家で日和佐町に住んでいる。

アユの生息密度が高いこの川では
縄張りをつくらず群れをつくって棲んでいると番組のナレーション。
夏といえども友釣り師が入らないのも静けさを保つ原因。
ミネラル水だけが売りなのではなく
生き物を育む生態系が光っている。
今回の番組でも、
上流と下流を行き交うヒラテテナガエビの生態を取り上げている。
全国の清流で時間軸に沿って変化(劣化)していくなかで
この川は化石のように時間が止まっている。

日和佐(美波町)は、全国でも有数の自然資源がある。
海と山が近く、そこを里山として人々が暮らし、清流が流れる。
ウミガメが上陸する砂浜もあれば無人の断崖が続く海岸線もある。
ここには海岸性照葉樹の豊かな森が広がっている。
冬の南阿波サンラインの透明度は想像を絶するぐらいだ。
星がよく見えるので、
流星群の日に京阪神からのクルマで深夜に大渋滞を起こしたこともあれば
私設の天文台に口径60センチの反射赤道儀を自作した人もいる。
(一度見てみたい)

それでも地元は日和佐川を観光資源として売り出すつもりはない。
自然への負荷を考えるとそれが賢明。
売り出しても人は来ないしお金も落ちない。
大多数の人はテーマパークやSCを遊び場所と考えているのだから。

四国巡礼の薬王寺は町内でもっとも人が集まる場所。
その近くにはこれまた賑わう道の駅日和佐がある。
半農半漁という言葉をもじって、半農半ITと称して本社を移転した会社もある。

宝は自分で見つければいい。
それぞれの価値観でテーマパークを選ぶもよし、
里山を選ぶもよし。


写真は、下流から順に並べている。

ツユクサ。少年時代から何度も見とれている。初夏から秋まで長いけれど
ぼくのなかでは夏休みの花。
蝉時雨に打たれ草むらで蚊に刺されながら見ていたので。
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下流域の取水堰。上流をめざす生き物の最初の試練となる
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越えれば翡翠の静水が待っている。
日和佐川は下流でもゆるやかに蛇行する。
曲がることでやさしい表情となる。
曲がり角の内側には河原が形成され
外側では水深が深くなる(水当たりまたは水衝部という)。
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橋の欄干にいた赤とんぼ。距離30センチでも逃げないように近づいた。
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浅瀬に木陰を落とす中流域。
半ズボンを履いて網を持った少年がどこまでも歩いて行けそうな。
川底に水紋を映しながらしずしずと水は流れる。
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(まだ数キロしか行かないのに時間はどんどん経っていく。けれど、心はゆるやか)

ほとんどの人がその存在を知らない潜水橋。
数戸の民家が利用する大切な暮らしの資産。
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潜水橋のたもとに木が番人となって渡る人を見守る
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中流域はすでに山深い流れ
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日和佐川中流域の白眉はここ。
誰が名付けたかくじら岩。
夏場は子どもの飛び込み台となって
勇気と成長を試す。
(実際によじのぼればその巨きさがわかる)
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滝が流れ落ちる。山から落ちてくる滝の水は本流より冷たい。
自然がつくりだす川の庭園。
くじら岩を中心に夏は地元の少年少女の水遊び場となる。
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南国の川らしい水の色。ダムがないから川底が生きている。
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青い橋の下に降りてみる
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横たわるのは日和佐川ブルー
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さらに上流にやってきた。
静かだ。
鳥の声とせせらぎしか聞こえない静寂のとき
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萌える緑が親和性を感じて水に自らの姿を映す。
誰にも見られてはいけないのに。
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水辺に星のような花がひっそりと咲いている
たぶん、誰にも見られたことがない
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最後は動画で。






日和佐川は寡黙であるけれど
自然は饒舌に語り掛ける。
「自分の川」って、誰にとってもひとつやふたつはあるもの。
特に南四国には。
posted by 平井 吉信 at 15:10| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

森の道100選のひとつ 日和佐 大岩コースを行く


ことの経緯はこちらに。
http://www.minami-kankou.com/data/archives/24
徳島新聞に掲載された地図は不正確で
訪問当日も何組かの人がコースがわからなくて彷徨っていた。
(大浜へ降りる道の接続が間違っている)
ぼくはその場で役場に問い合わせて、
案内を兼ねて自らもコースを歩いてみた。
地図は上記の観光協会の地図を参考にされるといい。

登山口は、役場のある通りと南北の幹線道の三叉路の民家の間を山際をめざす路地から
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最初は階段のある登り
金比羅神社と広場がある
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さらに樹間の小径を登る
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眺望が開けて大岩と表示がある。
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(しかし何人かはこの岩の存在に気付かずそのまま通り過ぎた)

大岩の上部へ上がるとさらに眺望が良い。ここからの眺めが唯一の売りなのだ。
標高158メートル(手元の高度計読み)。
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フジフイルムのデジカメ(X-E2)でクラシッククロームという色を選択した
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ここからは下るのみ。手入れの行き届いた人工林を下り、
沢を左手に見ながら大浜海岸へ向かう通りへ出る。
苔むして滑りやすいので膝を曲げて体重を前にかける必要あり。
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登山口から降り口までは5分もかからないので、クルマの手配は不要

全体として整備不足は否めない。
単調な登りは眺望もなく飽きやすい
苔の生えた下りは滑りやすい。
特に植生が際立っていることもない。

大岩の上部からの眺めは良いが、特等席は2〜3人程度。
昼食を食べるのもここだが、
満席のときは大岩の下で食べることになる
(これより先の下りは特に食べるのに適した場所は見当たらない)

むしろ日和佐港を挟んで南岸の四国の道のほうが
歩きやすさ、景観の良さからも上なのだ。
今回のコースは「あわえ」と呼ばれる
町内の漁師町のまちなみの視察と合わせて行える利点がある。
観光客を呼ぶツアー企画としては、
あわえの散策+うみがめマリンクルーズのセットぐらいだが、
その場合はてんこ盛りの疲労感があり、満足度は下がるだろう。
山登りや散策に慣れた人には距離が短すぎて物足りない中途半端さがある。
(参考)うみがめマリンクルーズ
http://umigame.me/

そこだけではなく、カレッタや道の駅にも足を運んでもらえるだろうから
来訪理由をつくるという意味では良いのかもしれない。

posted by 平井 吉信 at 11:10| Comment(0) | まちめぐり

ノーベル賞から思うこと


この川はどこから流れてくるんだろう―。
そんな疑問がわき起こる。
小学生の足で可能なまで遡っていく。
川沿いに道がなくなれば回り道をして
やがて川と出会うことを知る。

幼い頃、泳いで遊んだ川がある。
父に連れられて上流へ、
さらに源流へと足を向けたことがあった。
すると、ひとまたぎできそうな流れになった。
あの川がこんな姿に―。
心がふるえる一瞬だった。

それ以来、
なぜなんだろう、の問いかけをいつも追いかけている。

小学校低学年の頃には
日本地図と世界地図が手ですらすらと描けるようになっていた。
どの県がどこにあるかや、どの国がどこにあるか、
アリススプリングスやベルホヤンスクといった地名すら知っていた。


地図を見るのが好きで
まちなかに二軒あった地元の本屋に行って見比べ地図を買った。
和楽路屋(ワラヂヤ)から出されていた分県版の徳島県は
多色刷りの色合いが美しく、
実用の道具でありながら、地図に神秘や美術の感性を感じた。
この地図はぼくの原点として今も手元にある(当時100円)。
何度も何度も見たので
すり切れてテープで貼っている。
書き込みも随所にあり、子どもの心の動きが刻まれている。
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いま思えば作り手の思いが籠もっていたのだろう。
その当時から、モノとそこに込められた思いを感じていたので
小学校で使っていたものでも、これは!と思ったものは
大切に使っている。
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ところが、いつ頃からか和楽路屋の地図を書店で見かけなくなった。
調べると、2002年に自己破産の申し立てをしていた。
アナログからデジタルへの過渡期、
時代の潮流に飲み込まれたのかもしれないが
専門分野で光る個性を持った惜しい企業であった。
(美品があれば入手したいけれど、時間のない人間がオークションサイトは見られない。キーワードから出品を知らせてくれるような便利機能があれば良いのだけれど)

それから国土地理院の5万分の1,2万5千分の1地形図を集め出した。
長い年月で地図の更新がなされることも度々だった。

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地図好きと川好きから、山好きになるのも当然だった。
はじめて山らしい山へ連れて行ったのが高知大のワンゲル部にいた親友。
高知県の奥物部の渓谷から入る四国の山のすべてが詰まっているあのルート。
三嶺(さんれい)の南斜面のルート(三嶺〜西熊〜天狗塚)である。
8時間ぐらいかかったけれど
もののけ姫の森ではしゃぎながら
スニーカーで駆け抜けた、あっという間の体験だった。

さらに、植物を育てるのが好きな子どもだったので
大人になって山野草(というか生態系)を見るようになるのも当然だった。

なお、地図好きはさらにご縁を生む。
山が好きな人なら誰でも知っている
パソコンの地図閲覧ソフトとしてオンリーワンの地位を築いている
「カシミール3D」(山旅倶楽部)の開発者の日比光則さんから
2005年にお電話をいただいた。
(空と海のWebサイトがきっかけとなってご質問をいただいた)
日比さんはその後、ご縁があって海陽町宍喰に住まわれるようになった。
(東京から本社を移転され、寒茶を始め地域の特産品の販売にご尽力されている)
経営されているカフェ「Channel R55」でお話を聞かせていただくことを
いまも楽しみにしている。

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中学の頃から星の世界に興味を持った。
はじめて買ってもらった望遠鏡は6センチの屈折経緯台であった。
しかし、知識がついてくると、物足りなくなったので
いまも現役のタカハシ製作所10センチ反射赤道儀を買ってもらった。

星のことを知ろうとすると、天文や天体写真といった現在の事象だけでなく
その起源や成り立ち、法則などの理論、いわゆる物理が視野に入ってくる。
高校へ行く頃には、天文学や天体物理学が好きになり、
天文学者になることを夢見てこれらの本ばかり読んでいた。
高校を卒業する頃には、学年の400人中380番という成績であったが、
試験で学年1位を取った科目が複数あった。
かっこよくいえば、受験というつまらない動機よりも、
真理を探究したいという思いが優った。
(視線を高く持つことでものごとの本質が見えてくるとともに、達観して捕われずに生きていくことができる)
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真実の探求が愉しみであることから
問題発見と解決を行いつつ、
それを自分以外の人が解決に至るよう
サポートすることが現在の仕事となっている。

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中学の頃、海外の短波放送を受信することがブームとなった。
スカイセンサー、クーガーといったBCLラジオが花開いた時期である。
ぼくにはそのような兵器はなかったが、
短波が受信できる3バンドのビクターのラジオで
海外放送を聞いていた。
塾に行ったこともなければ、大学に行ってもいないけど、
YouTubeや衛星放送の英語コンテンツが理解できるのは
中学で受けた少人数による英才教育(LL教室があった)と
耳から入った言語が右脳と左脳へとかけはしを渡せたからだろうと思う。

音楽については生涯の友となっている。
20代はベートーヴェンに傾倒した。
この世界でもっとも理解しているぐらい魂を込めて音楽と向き合った。
(いまもBGMとして音楽と接することはない。聞くときは向かい合う)
独学で指揮者をねざそうと数年間勉強したこともある。

隣の部屋で聞いていても
わずかな音の違いが判別できる。
(人がわからない差がわかるので耳が良いと気付いた)
耳を大切にするため、ヘッドフォンはしないし
ステレオ装置はもとより、テレビやラジオでの再生音量も極端に小さい。
(いまだに15インチのブラウン管テレビを使っている。我慢しているのではなくそれで十分だから)

匂いについてもそう。
感覚を大切にするため、煙草は1本も吸ったことがない。
(生涯吸わないと決めている。敏感であれば生命の維持に有利になるだろう。ここにはマムシがいるとか)
視覚については、パソコン作業を軽減するため
高価なフィルターを付けて紫外線領域をカットしていたが
さらにブルーライトカットのグラスをして作業を行っている。
五感はこの世界を愉しむために不可欠であり、
それゆえに大切にしなければと思う。
10代の頃、百歳まで生きる、
それも充実して生きることを決意したときから
ぶれることなく信念を貫いている。

種としての人類が今後どこに行くのかを学ぶため、
生命の進化、生態系、考古学、民俗学、社会学、心理学などを学んできた。
(仕事にも関心のある分野にもわくわく感でやっていると、睡眠時間が4時間になるのだ)
社会人文的には人を育てること、組織として動きを高めることに関心がある。
個を高めることは組織力を高めることにつながるが、
高めた個を活かせる組織のあり方が必要となる。
そのことであちこちの企業で
その企業の実情に応じてカスタマイズしたカリキュラムで実践しているところ。

日本人のノーベル賞受賞が続いている。
ハヤブサの帰還もそうだが、
日本の精神が世界に範を示せる分野は多い。
世界を変えていけるのは
力学(カネ、イデオロギー、権力など)を離れたところにあると考える。
自国びいきという理由でなく、それらを広める義務があるのではとも思う。
神仏習合の経験からも柔軟に受け容れることが日本人の強さでもある。


基礎研究などは実用性がないと受賞者は謙遜されるが、
種としての多様性に乏しいホモ・サピエンスが
大所高所、俯瞰的に視点を持つことができなければ
そう遠くない時期に滅び去る。
宇宙の起源に思いをはせることは
今日に至る生命40億年の進化と
それを育んだ背景に目を向けることになる。

どうでもいいことで争っているのに、
大切な本質に気付くことができない。
(その極致が現政権)

地域振興券やそのほか多くの補助金をやめて
政策発動のもとで甘い汁を吸う利権とその貫流構造を断ち切り
思いと知見を持った人材が社会を動かす流れに参画できるようになれば
この国はもっと良くなり、世界の範になれる。
カネと権力が集中する政治や行政はその内部に腐敗構造を持つ。
イデオロギーありきも邪魔になる。
右も左も弊害があるという点で同じに見える。
厳格化したルールが少数の良識ある人々の行動を縛ったり
国民にしわ寄せが来る。
独裁政治家のもと、政党政治はもはや機能していないし
行政にも自浄作用は期待できない以上、
良識ある国民が地域の運営にかかわるしくみをつくり
その連合体としての国家をまとめていくやりかたが良いのではないだろうか。

例えば、
科学、哲学、宗教など分野を問わず、世の中を俯瞰する人々の知見を集まる。
(おそらく一定の方向に収斂すると思う)
逆に、多方面の現場で起きている問題に日々向き合っている人々の実践報告を集め
そこから課題を抽出する。
両アプローチを突きつければ、日本や世界が進むべき道が見えてくるのではないか。
そこに到達するには政党、左派右派などのレッテルは無用となる。

行政でいえば、地域が地域の課題を自ら解決する。
それをサポートする中央政府という姿が見えてくる。
現場(地域)主導の改革がなしえるかどうかが
日本の未来を決めることになる。
そのための覚悟と熱意が地域にも中央にもあるかどうか。

科学も哲学も宗教も究極は同じ山を別々の角度からめざしている。
源流から、高いところから、多様な視点を持って社会を見つめること。
社会に役立つかどうかではない科学の位置がある。
ノーベル賞の受賞はそのことを教えてくれる。

2015年10月03日

佐那河内の嵯峨の優美な秋の一日になりにけるかも


徳島市内から半時間の距離にある佐那河内村の嵯峨峡は
隠れた蛍の名所。
けれど、秋の真ん中のこの時期、
園瀬川源流の嵯峨峡を散策して出会う人もない。
京都を思わせる優美な地名で
佐那河内の奥という雰囲気を持っている。

佐那河内村は徳島で唯一の村となっているが
実は徳島市内に隣接して交通の便は良い。
(唯一の難点は東の峠を越えて小松島、阿南方面へ抜ける細い幹線道だが、改修工事が進んでいる)
大川原高原を降りれば上勝町、
西に接する神山へはトンネルとよく整備された道でつながっている。
(海から遠い西側が開けているのがこの村の特徴)

天文台を持つ大川原高原と花の名山旭ヶ丸、
大多数の人が良い印象で描く田舎暮らしができそうな土地である。
ここ数年はゴミの焼却施設の建設が争点となっている。

嵯峨地区の集落を縫って嵯峨川が流れるのどかな牧歌風景
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川沿いにギボウシのような花が光に揺れ水面に遊ぶ
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南国徳島なのに蒔ストーブの専門店もある。
神社を過ぎれば、峡谷の地形となる。
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フジX-E2のクラシッククロームの色設定が玄妙
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渓谷沿いの散策路はときどき水が流れる。
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落石も少なくない。
常に山側を見上げながら注意して進む。
足元も滑りやすい。特に帰路は注意。滑って川に転落なんてこともあり得る。
(村も観光資源としては売り出していない。それはそれでひとつの見識と思う)

秋の七草といえば、ハギ。
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日陰でひっそりとたたずむゲンノショウコ
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光と花と緑の背景がつくりだした銀河の宝石の光景
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渓谷沿いを好きな音楽を口ずさみながら彷徨うと
それはそれで愉快なひとときとなる。
落石の危険のないところを選んで
湧き水でコーヒーを立てる、なんて佳いかもしれない。

川沿いの散策路は上に上がっていくが、
車道は嵯峨川から離れて稜線へと伸びていく。
稜線近くの徳円寺分岐付近で合流するはずである。
そこからは西の大川原高原へとつらなる稜線のロングトレイル。
秋の一日のピクニックの計画はできましたね。
posted by 平井 吉信 at 00:15| Comment(0) | 山、川、海、山野草