2015年06月28日

5kgの梅を求めて走る 午後の薄日がアジサイを照らす大川原高原


今年は梅が不作らしい。
朝、美郷物産館へ電話をすると、そのような情報をいただいた。
今年は実になるのが早かったらしい。
でも、仕事の日程でどうしても行けなかったのだ。

そこで、全国的な梅の産地である神山へ向かった。

途中の佐那河内の直売所を覗いてみる。
野菜を物色していると
地元の豆腐に気付いた。
1丁350円。
よし(その意気込みを)買った。
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道の駅神山でも梅はなかった。
かつて全国9位の梅の産地であった神山町も
生産者の高齢化や出荷価格の低迷で摘果が進まず生産量が落ちている。
ここでも不作のようだ。
今年は5kgの梅を漬けようと思っていたのだが。

昼なので、道の駅で日替わり定食を。
野外でいただくのにうってつけの薄曇り。
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帰りに大川原高原に寄ってみようと佐那河内で右折。
普段よりすれ違う車が多いと思ったら…。
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あじさいが咲く季節だった。天文台の丘も覆われている。
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人が多いが、花も年に一度の名誉とばかりに
風に吹かれては咲き誇る。

アジサイの散策路を行く
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青が基調
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小さな生き物にも目を向けたい
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これはX20で。レンズと虫との距離約3センチ
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今回は、ニコンD7000+
AF-S NIKKOR 70-200mm f/4G ED VRだけで撮っている。
人の心の琴線に触れる絵だと思う。

APS-C16メガセンサーは、作品撮りにも大伸ばしにも業務用にも耐えうる。
これ以上の仕様はもはや不要と思うけれど、
ニコンのDXフォーマットはすべて24メガになってしまった。
画面を強拡大して解像度を測定するマニアにはそれで良いのだけれど
果たして写真はそればかりなのか?
ただし、D7000は画像処理エンジンが2世代前なので
jpegの出力には期待できない。
RAWで撮影して純正現像しないと真価は発揮しにくい。
(パッチ処理なので手間ではない)

D7200ならjpegで運用できると思うけれど、
前述の24メガであることや、
肩液晶の表示が少ないこと、
(小さくても人間の目は慣れで小さなアイコンを判別できるので省略してはいけない)
液晶をチルト可能にしなかったことなど、
(自分撮影カメラの類でないのでバリアングルにしてはいけない。そもそも縦位置でハイアングル、ローアングルは使うことは少ないはず。ただしチルト液晶は撮影場面が確実に増える)
必ずしも進化とは言えない。
(カメラの素性はD750よりは良いと思う。店頭でシャッターを切った瞬間にそれはわかる)
D7000でもNX-DでRAW現像を行う限り、
得られる画像はほとんど同じだろうから。
(ミラーショックなどシャッターの感触が良くなっている点は大きな改善)
ともかく堅実な路線のニコンには頑張って欲しいのだ。


富士フイルムのX-E2を持ち出した。
レンズはXF18-55mmF2.8-4。
こちらもAPS-C16メガと同スペック。
JPEGを縮小しただけなので手間が掛からない。
(フィルムシミュレーションはプロビア)

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やわらかい発色と陰翳感の画は見ていて心癒される。
APS-Cに最適化した専用マウントと良質のレンズ、
ミラーのない構造と軽量なボディなどはどこにでも持ち出したくなる。
富士フイルムに望むのは、マクロレンズの充実だ。
現行は90o相当で被写界深度が浅い。
近寄った場合に気取った抽象画のように見えてしまう。
被写界深度が欲しいので、換算60o相当の40oF2程度の仕様がいい。

2/3センサーのX20(X30も同様)は被写界深度が深く
寄れてマクロができるのはいいのだが、
それは広角端に近い焦点に限られる。
標準程度の画角になれば最短距離が長くなってマクロでなくなってしまうのだ。
次号機(X40)はレンズに手を入れるべきだろう。
(逆光時に鮮鋭度が低下する傾向も気になる)
デザイン面でもX30は後退している。
X20には、小さなセンサーのカメラの威圧感のない佇まいがあったが
X30には、機能のソリッド感を出すためか、威圧感を与えてしまう。
OVFは実用的ではないのでEVFにしたり、
マニュアル合焦時に使いやすいリングが加わったこと、
このクラスでは不可欠のチルト液晶が加わったことは大きい。
(三脚に固定などせず、どんな姿勢、どこでも構えられるのが持ち味だから)
写真を撮る道具としては明らかに進化していると思う。

次号機は、2/3センサー12メガのままで良いと思うが、
ボディーデザイン(ムダな造形を削れば小さくかつなめらかになるはず)、
それとレンズに手を入れて欲しい(現行のズームレンジ=28oスタートで構わない)。
(レストランなどで料理を撮影するのに一眼レフは場違いだろう。小さなカメラなのでテーブルフォトに使われることも少なくないはず。そうなると全域でマクロ撮影が可能となることが求められる)


追記1
さて、つくった人の心意気を買った豆腐をいただいた。
予想どおりの濃厚な豆乳タイプ。
(そのまま食べるか、鰹節だけにするか、良質の醤油をを少量使うか)
280グラムで350円は高いとは思わない。
肉なら、鶏肉の価格帯だが、豆腐ならこれで贅沢ができる。
(大豆食品は必ずしもプロテインスコアが高いとは言えないのだが)
豆腐が日々欠かせないぼくの味覚からすると、
濃厚なので毎日食べるにはやや不向きだが、
(おいしいものが毎日食べられるかというとそうでないのが人間の味覚の不思議さ)
心の豊かさを感じさせてくれるし、ご飯が進む豆腐だ。
生きることと稼ぐことが一体となれる田舎だからこそ
(田舎の豆腐を売りにしているのではなく、あくまでも本質で勝負している。ただし、田舎であることが好印象となる副産物が後押ししている)
このような戦略が可能なのだ、とぼくは思う。


追記2
梅はその日のうちにご連絡をいただいて
買いに行けないので生産者から取り寄せて
ヤマト便で送っていただけることになった。
5kgの梅をどうしようか準備をしつつ
到着と同時に下ごしらえにかかれるようにしておこう。
(1日16〜18時間仕事をしている人間にどうしてそんな時間が捻出できるのか自分でも不思議)
タグ: 直売所 美郷
posted by 平井 吉信 at 21:41| Comment(0) | 徳島

2015年06月27日

つまをとったツマトリソウ 剣山


氷河期にわたってきたのは生き物だけではない。
植物もそうである。
ただし、移動できる動物と違って
植物は自らの意思で動くことはできない。
その後、氷河が後退して温帯地方の高山に生き残っているのが
ツマトリソウではないだろうか。
 → 愛妻家の憧れ、ツマトリソウ 一ノ森で

四国では、石鎚山系と剣山系の
標高1800メートル以上に自生しているように見受けられる。
特に瓶ケ森が比較的見やすいのではないだろうか。

剣山では、一ノ森から次郎笈までの稜線で梅雨の時期に見られる。
剣山の魅力は、リフトから最短距離を登って降りただけではわからない。
山相、地形、植生、雰囲気が東西南北の斜面で異なるからである。

見ノ越登山口からリフトを使わずに上がる。
湿度の高い森の斜面を、キノコ類を眺めながら
涼しくも息弾ませて登っていく魅力。
これが(1)の魅力。

ギンリョウソウ。
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リフトがちらちら見える
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次に、西島に出て笹原が広がり、山頂が見える。
人の心に一服のそよ風が渡っていく。
これが(2)の魅力。
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そのまま直登せずに、刀掛の松から東へ辿って
穴吹川の源流が刻む剣山の北斜面をなでるように
一ノ森に向かう。
ここは、剣山でもっとも植生が豊かな場所。
キレンゲショウマもここだけにしかない。
山岳信仰の修行の場を眺めながらの息つく間もない。
これが(3)の魅力。

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ヒメフウロというかれんな山野草
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小さなセンサーのフジX20の広角マクロでなければこの写真は撮れない
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森の空気を沈める谷へ
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沢を横切る清涼感
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四国一の清流、穴吹川の源流の沢
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白い山野草、ハタザオか? ミヤマハコベも至るところに
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霧の尾根筋が幻想的
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オオヤマレンゲを望遠レンズで引き寄せる
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ところどころざれているが、危険なほどではない
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一ノ森から南斜面の白骨林を眺めつつ、
剣山へと登り返し、次郎笈へと稜線の縦走。
これが(4)の魅力。
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なかでもツマトリソウはひっそりと
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純白と楚々とまとう
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見逃しそうな小さな存在
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こちらが寄っていく際に
ツマトリソウを怯えさせないよう
笑顔で静かに寄っていく、そして話しかける。
もちろん愛でる言葉で。
それから撮影にかかる。
でも、山野草に心があるなら、こう思うだろう。
魅力に気付いてくれてありがとう、
自分も人間もちっぽけな存在だけど、
一期一会を感謝しよう。
(これが山野草マニアの盗掘だと山野草も別のエネルギーを感じるはず)
だから、接し方が大切。

アザミに近寄ってみる
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ツマトリソウのなかに、桃色に縁取られた個体がある
そのあでやかさ、小さきゆえに
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ほかにも縁取りを持つ白い花がある
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霧が北から南へと駆け抜ける
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剣山も一ノ森も山頂直下にヒュッテがあり
御来光を楽しめる。
これが(5)の魅力。

次郎笈峠(次郎笈と剣山の鞍部)からは
石灰岩質の開けた斜面を西島へ戻る。
途中の名水やパワースポットを味わいつつ
高低差の少ない明るい森を散策。
これが(6)の魅力。
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黄色い絨毯に包まれる登山道
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ヒメレンゲの群落が目にスクリーンを広げる
小さなセンサーのX20で近寄る
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祖谷川源流へ回り道をするもよし、
リフトでガイド音声を聞きながら森を眼下に眺めるも良し。
霧の出てきた森を見ノ越めざして来た道を下るも良し。
それぞれの帰路で剣山を振り返る。
これが(7)の魅力。
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四季の移ろいと、1週間で顔ぶれが変わることもある山野草、
雲の流れ、木々の表情、霧がかる森の木霊を感じつつ
剣山を堪能してみては?

(1)〜(7)のルートは
山に慣れない人には足への負荷が大きいので
まずは短いルートを何回か試して
ある程度、剣山を庭のように感じられたら挑戦したらいい。
(山好きの人なら上記のコースはちょうどいいだろう)

山へ行くと疲れるから日曜日は行きたくない、
という人がいるかもしれないが、
逆に疲れを取るために多少無理をしてでも山へ行く
という考え方はどうだろう。

身体の深いところの疲れが抜けて
心身とも緩めることができるはずである。
この癒し効果は何物にも代えがたい。
筋肉疲労もまったく残らない。
そんな登山の効用を科学で解明したのが
「ためしてガッテン」のまとめ。
http://www9.nhk.or.jp/gatten/pdf/program/P20100714.pdf

山から戻ると体調が改善されて、
また、新たな一日に最善を尽くしてみようと思える。
剣山はそのための最高の場所。



追記 ストックの使い方について

四国の山では2本ストックは邪魔ではないだろうか。
すれ違うときに気を遣うし、
鹿よけを越えるときや足元の悪い場所では邪魔。
少なくとも片手は空けておきたいので
ぼくは1本ストック(T字)を使っている。
登りで体重をかけて推進力とすることもできるし
下りでは体重と重力を分散させつつ
羽毛のようなタッチで使う。
これは言葉では伝えにくいけれど
手首や腕の力を抜いて勝手にストックが着地したのを
重心が追いかけるように追随させる。
ぶれない体幹をしなやかに保ちながら、
着地の力を身体の柔軟性で吸収する。

ノルディック歩行を見ていると、
下半身の負荷が減る一方で
地面からの反発を上半身が受けて
下半身の動きとの相克が生じて
身体に負荷がかかるイメージがあるがどうだろうか?
(ナンバ歩きを会得している人には特にそう見えるのでは?)
1本ストックで前傾姿勢を保ちつつ、
(左右の持ち手を変えつつ)
一瞬一瞬の3点支持を連続させる意識で
リズミカルに下る方法もあると思う。
posted by 平井 吉信 at 19:10| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2015年06月14日

石見銀山の古民家を改修した宿にて


日本の歴史をひもとくとき、
明日香とともに出雲は欠かせないが、
これまで出雲は訪れていなかった。
そこで4月の初めに、
蒜山、大山、妻木晩田遺跡、皆生温泉、境港、美保関、
中海・宍道湖を経由して出雲へ入った。
(これらの旅日記は折を見て…)

宿は、 石見銀山のある大森町で
古民家を改修した宿に泊まることにした。
松場登美さんが経営されている他郷阿部家である。
偶然だが、(株)いろどりの横石知二さんと
3月に東北で講演会で一緒になられたことを
予約後に知った。

古民家は、
その風土のなかで育まれたかたち(というより智慧)に
持続可能な未来へ向けての箴言が含まれていると思う。
吉野川の第十の堰もそうであったように、
未来へのメッセージは至るところに落ちている。

上勝町の谷崎勝祥さんは、
全国棚田100選の「樫原の棚田」で保全の取り組みを続けてこられた。

標高600 メートルまで張りめぐらされた水路。
その昔、米は経済や生活の中心であり、
いかに効率的に米を作るかが農家の知恵。
劣悪な自然条件と闘いながら築かれた棚田も、
高齢化による耕作放棄や山林への転換が進む現在、
維持する苦労は並大抵ではなく、
数年後には維持できなくなりそうだとも言う。

棚田での農業はもはや経済的には成り立たなくなっている。
しかし、降った雨を受け、時間をかけてゆっくりと川へ流す棚田の役割は、
人と自然が調和した水循環のしくみである。
近年、「棚田」がマスコミ等でも取り上げられるようになったが、
棚田が持つ治水・利水効果はもとより、
生活と結びついた文化的な意味、
生態系に果たす役割などについては、都市の住民どころか、
多くの生産者も気づいていない。
「棚田は大きな水の器であり、ミミズの穴が都市を潤している」と谷崎さん。
しかし、里山の荒廃を憂えて、谷崎さんは次の戯れ歌(ご自身談)を読んだ。

ヒューと鳴き 棚田に近づく 鹿たちよ もみじの山に帰れよはやく

(里山びとの呼びかけに鹿から返歌があった)

去れという棚田のひとよ もみじ山 いずこにありや 杉ばかり見ゆ

棚田は、山に降った雨を一度に下流に流すことなく
時間と空間で受け止めて少しずつ下流に流す考えは
近代治水と対極の考え方である。

樫原の棚田に水が張られた(2015.5.17)
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(谷崎さんは数年前にお亡くなりになられている)
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伝統が尊いのではない。
かつてそこにあったものの本質を見つめて
いまの暮らしに合わせて再定義しないと
形骸化してしまう。

古民家とて然り。
これらは修復して未来に引き継ぐ「遺産」ではなく
これからも活用していく生きた「資産」であるはず。

世界遺産に登録された石見銀山のある大森町で
古民家を再生して日々の暮らしで使っている
松場登美さんのお話しを伺うこともあって
今回泊めていただくことになった。

徳島からの旅人は少ないらしいが、
私がデジタルサイネージコンソーシアムを通じて
存じ上げている方が泊まられていることを知った。

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こんな台所は男でも憧れる(包丁を研ぐのが趣味なので)
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おにぎりは、握り加減が肝。ある意味では究極の料理
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翌朝、大森町の集落を散策して感じた。
家々の軒先には季節の野の花が飾られている。
それは旅人をもてなす(=演出)けれど
住む人の心を映したもので
日々の暮らしの場を見つめている。
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だから、このまちは、
観光地としての記号を発していないし、
迎合する雰囲気を持っていない。
それゆえ、心のひだに触れてくる。

他郷阿部家は、
口コミサイトでの得点を意識した至れり尽くせりの宿ではない。
そこに住む人が心地よい空間を用意して
ともに分かち合おうとする座を提供している。
だから、食事は、客人と家人が同じ席で談笑しながらいただく。
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それゆえ、その土地で短期滞在をしているかの感覚を覚え
旅の印象、まちの風情を濃厚に感じるのだ。

レビューの得点を気にしてサービス競争に陥る宿、
パスポート、キャッチコピー、親善大使、コンテンツの仕掛けなど
四国各県で観光の仕掛けを行っているが、
アピールをすればするほど、風土と旅人、
いわば、風と土の関係が見えなくなり
旅人と四国の間に距離をつくってしまう。

石見銀山が世界遺産に登録されたのは、
数百年前から持続可能な産業構造をめざしていたことにある。
大森の町も未来へと続いていく人々の営みが感じられるから
若い人たちがまちに住みたいと思えるのだ。

都会でのくらしはよそよそしい、乾いている。
さりとて、田舎暮らしに憧れて移住した人が受ける洗礼が
田舎ならではの窮屈な人間関係である。
コミュニティ活動の名の下に
人間関係を無理強いする悪癖がどの地方にもあるが、
大森町ではそれは感じなかった。

ぼくは、家元に代表される伝統芸能に興味はないし、
形骸化していると思うけれど
伝統のかたちをなぞることが無意味だとは言い切れない。
特定のかたちが精神に影響を及ぼすことはあるだろうし、
身体感覚の奥深くに芽生える共感や畏れもあるだろう。
だから、自分なりに実践してみようと考えている。
それでも、いまの時代の精神に照らして
変えるところ、変えてはいけないところを見極めていく必要があると思う。


どんな家に住みたいかと自問自答してみる。
大手ハウスメーカーから地元ビルダーまで
高すぎる天井、ダイニングキッチン、オール電化、おしゃれな階段…
金太郎飴のようなモデルハウスを見る度、
空間が人の心とどのように作用するかが見えて来ない。
平均化された社会への従属意識が強い人はそれで良いのだけれど、
どうもそうはなっていないのがこの頃の住宅。
住む人が主で、住まいは従なのだが…。

幼い頃、押し入れを隠れ家にしたあの感覚がモデル住宅にはないでしょう。
風雅かどうかは別にして、にじり戸を開けて入る茶室はどうですか?

現代のモデルハウスに見るような住宅の違和感は、
多世代の家族が交わる感覚が希薄というのがひとつ。
その反面、ダイニングスペースで無理に家族の交流を
強いているやりきれない感覚がありはしないだろうか?
個としての自立や覚醒をうながす構造になっているだろうか?

機能的には、
広い容積であって高気密高断熱に違和感がある。
これは空気が汚れたら一家全員が一度にやられることを意味する。
いつまでも匂いがこもることも想像に難くない。
それを換気システムで動かせば、低周波の暗騒音で
神経がやられてしまうだろう。

さりとて地元の木材で木の香りに包まれて…とやられると
マーケティングの匂いを感じてしまう。
究極的には、風土のなかで生きていくことと、
家族や外の人々との関係性をどのように構築したいかを
突き詰めて産み落とされるものだろう。

他郷阿部家の造りは伝統的な古民家の材を活かしてはいても
個と家族、集団の関係が整理されていることの心地よさがあるようだ。

石見銀山の土地の力、場の持っている生命力を投影した暮らしを
「群言堂」で展開されている。
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この方がお召しになっておられるのは他郷阿部家の衣装
(群言堂ブランドで販売されているかも)
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風土と食べ物、衣服は密接に関わりつつ、
まれ人に触発されて通じる風の道は根っこへの滋養となり、
土地びとに触発されて感じる土の匂いは
旅人に立ち止まるきっかけと元気を与える。
旅の本質はそこにあるのだ。

松場登美さんは、7月5日に徳島は井川町に来られる。
フォーラムの参加には申込が必要なので以下をご参考に。
http://www.gungendo.co.jp/?p=7665
http://www.topics.or.jp/localNews/news/2015/06/2015_14331174265507.html
http://www.tokushima-u.ac.jp/docs/2015060400033/files/270705.pdf

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posted by 平井 吉信 at 01:17| Comment(0) | 生きる

2015年06月13日

探検隊が行く 自宅から数歩のところにその生き物はいた!


愛媛県からの出張から戻ってきた土曜日、
庭に出てみると
今年初めてのキキョウが咲いていた。
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キキョウはいい。楚々として、凛として、涼しげでもあり。

そこから数歩歩くと、
いつものウシガエルがひなたぼっこをしている。
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つがいなのか、別の個体が顔を出している。
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いつもいるな、と確かめるのが日課となっている。
(ここは、まちなかなのだけど)

あせあせ(飛び散る汗)
あっ、ごめん。
人間の気配に気付いたのだろう。水に飛び込んだ。
(気配を消して撮影するのは得意なのだ)

ふと顔を上げると、あでやかな紅の花。
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それから数分後、
パソコンの画面に何かが写っていた。
(画面のまんなか、花の上に影が見えるだろうか)

なんだ、これは…
(続きを見る人は)
posted by 平井 吉信 at 18:49| Comment(0) | 徳島

森林浴 沢遊び 野鳥の森 佐那河内村の散策路


続けて佐那河内にやってきた。
きょうはネイチャーセンター(いきものふれあいの里)周辺を散策する。
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梅雨に似合わない抜けるような空である。
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センターの周辺に沢があるようである。
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しばらく下っていくと、
みずみずしい空間に出た。
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七色の石をしている。
この沢沿いを歩いてみよう。
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いったん県道まで上がって
今度は野鳥の森へと沢沿いを上がっていく。
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野鳥の森には鳥ごとの区画が設定されている。
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山野草との出会いも楽しみ
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やがて稜線近くを走る車道に出た。
旭ヶ丸林道を経てぐるりと1周する感じ。
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降りてくると
大川原高原クロスカントリーコースがある山野へ出られた。

2時間ばかり歩くと誰でも元気になれる。
森林浴の効果、水辺の癒し、野鳥のさえずり、そしてゆっくりとした歩み。
都会のジムのハムスターもいいけれど
自然との交歓はそこに身を置いて初めて見えるものがある。




posted by 平井 吉信 at 18:16| Comment(0) | 山、川、海、山野草

2015年06月11日

そばとウイスキー つくる人の心を感じて


そばは、食べ飽きないから毎日でも食べたい。
うどんやラーメンだとそうはいかない。
(嗜好というよりは人間の生理的な問題として)

そばは、食品として完璧に近い。
良質のタンパク質を含み、ビタミンB1が豊富。
肝臓の機能を高めるコリン、
血圧を下げるルチン、食物繊維が多く
動脈硬化を防ぐ作用と腸内環境を調えるなど
まさに生活習慣病に対抗する食品である。

痩せた土地に育つそばは農作物としても利用価値が高い。
続日本紀に記述があるように、
日本人が長い年月をかけてそばを育て
そばは、日本人の生命を支えてきたといっても過言ではないだろう。

そばの栄養や機能性の秘密は、胚芽を食べることにある。
(だから玄米を信奉する人も少なくないのだ)
ただし、胚芽の部分には
農薬や放射能が溜まりやすいのではと推測する。

実は、そばの魅力に目覚めたのは大人になってからだ。
もともと関西にはそば文化ががないし、
地元では良質のそばにありつけなかったこともある。

そうめんのおいしさを知ったのも大人になってから。
子どもの頃は、そうめんは嫌いな食べ物の筆頭であった。
というのも、
家では大勢の家族に供するため
大量に茹でた素麺を冷蔵庫にしまっておき
実際に食べる頃には、
麺がからみあい、乾燥してぱさぱさになり
さっぱりおいしくなかったから。

そうめんといえば、どれも同じと思っている人は少なくないだろう。
うちもスーパーで買っていたが、これもそうめん嫌いになった要因。
ところがあるとき、アウトドアのイベントで
河原でそうめんをふるまうことがあって
協賛いただいた製麺所があった。
半田そうめんの産地の家族経営の小さな製麺所である。
この製麺所のそうめんが開眼させた。

半田そうめんは、太めの麺が特徴で「冷や麦」に分類される。
麺ののど越しという点では、細い麺よりも太い麺がおいしい。
そうめんの製法はどこも似たようなものだが
意外にも製麺所の違いは大きい。

数年後、かつてお世話になった製麺所を訪問する機会があった。
社長(イベントに協力いただいたのは社長のご子息)とお話しをするうち、
製麺を始めて今日までの
天候と調合が記されたノートの束を見せていただいたことがあった。
素材の力は毎日違うので微調整が必要。
びっしりと書き込まれた日々の営みが
この風味をつくっていることがわかった。

有名な産地だからおいしいとは限らない。
玉石混淆のインターネットの評判やマーケティングの仕掛けのなかから
ホンモノを見つける楽しみがある。
(賞を取ったなどはマスコミへの仕掛けと思って自分の舌で判断する)

この製麺所、本田麺というブランドでそのおいしさを世に問うている。
なめらかなのど越し、小麦の甘みが素敵だ。
稲庭うどんに負けていない。
その可能性に気付いた人が、
本田麺との共同開発による手延べつけ麺として提供している。
(Channel R55)
まずは、こちらで召し上がってみてはいかがだろう。
(6月9日の四国放送でも放映されたらしい)
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本田麺は、徳島空港で求めるか、インターネットを含む通販を利用するかである。
本田さんは、一家を挙げて地道にコツコツ夢に邁進されている。
叶うといいなといつも願っている。
http://www.hondamen.jp/

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そばの話に戻そう。
若い頃からおいしいそばを心おきなく食べられる店に出会っていれば
と悔やまれるが、
ここでも名店=おいしいとは限らないことを知った。

仮に、そばがうまければそれでよしなのだろうか。
(そんな店に限っておいしさを感じない)

日本有数の高いそば粉を使っているとのうんちくの店に行ってみたが
箸を数回運んだだけで止めたくなった。
また、東京の老舗であっても、ぼくの舌はコスト優先を感じた。
(というより、魂が見えなかった)

名店とはもっとさりげない存在。
うんちくをたれることはない。
こだわりを並べることもない。
(食べればわかることを説明しないと伝えられないのは?)
客の食べ方を干渉しない。
笑顔やおもてなしの心、食べてもらえる歓びが伝わってきて
こちらはいただける歓びをお返しする。

徳島県内に理想の店を見つけた。
田園の真っ直中にあって広い駐車場を備える。
およそ、そばの名店の雰囲気をまとっていない。
その店では、
地下深くから汲み上げた吉野川の伏流水をふんだんに使っている。
実は、そばを茹でるのに大量の良質の水を必要とする。
(都心の名店のそばがおいしくないのは水の利がないから)
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そば粉は国産なのは言うまでもないが
高価な設備で残留農薬及び放射能検査を行っている。
(そばは胚芽を食べるのでこれは重要だ)。

しかもここはバリアフリー。それもかたちだけでない。
車椅子を店内にいれることを前提としている。
だから,いつ行っても車椅子のお客様がそばを楽しんでいる。
(通路が広いということは、快適な店内を約束するが、客席数が減少する。あえてそれをやっている)

営業時間は昼のみ。
風味の良い出汁は作り置きはできない。
そばは素材に力があり濃厚な甘みが感じられる。
バランスを取るために、濃厚な出汁が使われているが
コクはあっても後味は澄んでいてそばの香りを邪魔しない。
出汁に使っている食材にもコストの概念がないかのようだ。
社長自らがが毎日食べられるものをと心を砕いているからだろう。
http://www.jikishin-an.com/

観光客相手のそばのレストランのような構えであるが
さりげないホンモノは人の心になにかを残す。
だからこの店にお客が絶えることはない。
お店では良質のそば原料をつかったお菓子も計画中とのことで
(すでに販売されている自家製そばぼーろもおいしい)
http://item.rakuten.co.jp/jikishin-an/c/0000000258/

このお店のことだから、きっとレベルの高いものを手頃な価格で出してくるはず。
目が離せない。

こちらは石鎚山の自噴水「うちぬき」を使っている西条の甲(きのえ)。
西条に出張の際は必ず立ち寄っている。
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マッサンの人気でウイスキーが売れている。
いま年代もののウイスキーは
まったく売れなかった時代に仕込んだもの。
だから量が少ない。そのため原酒が枯渇する怖れがある。
円安や大麦の産地の収穫が不安定などの要因もあり
メーカーでは値上げを行ったばかり。

ぼくは、10数年前からニッカの竹鶴12年をひいきにしてきた。
2千円前後ながら、余市と宮城峡の個性あるモルトをバッティングしながら
麦の果実の甘さ、豊潤さ(宮城峡)と
舌を刻むような彫りの深い風味(余市)の饗宴。
(竹鶴12年は、数年前に販売中止となっている)。
酒飲みではないので、山崎12年なども含めて2〜3年かけて味わっていた。

ニッカでは、看板である余市、宮城峡のシングルモルトが販売中止になる、
との噂が聞こえてきた。
国産、スコッチとかの範疇を超えて
自分の舌で比べてみると
世界水準でニッカのウイスキーの良さが際立っていると感じられた。

ふと仕事の帰りに、近所の酒店に立ち寄ってみると、
余市15年、12年、10年、宮城峡15年、12年、竹鶴21年、17年が
きら星のごとく並んでいるではないか。
いまやネットではプレミアム価格が付けられているものを、
(こういうものを買っては増長させてしまうだろう)
父の日特集ということで、お店の努力で確保した在庫を
一斉放出されたのだろう。
しかも値札は正価である。感謝したい。

これは一人でも多くの方が分かち合うべきもので
買い占めや転売はもってのほか。
今後10年はニッカの年代物はいただけないだろう。
そう考えて、宮城峡12年と竹鶴17年を1本ずついただいた。
(宮城峡はまだ味わったことがないため。竹鶴17年は世界一のブレンデッドウイスキーと思うから)
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普段は、スーパーニッカ復刻版やブラックニッカリッチブレンドで良しとして
特別うれしいときに年代物を開栓しよう。
そして、10年をかけていただこう。

グルメは要らない、ブームにも関心はない。
ただ、その後ろにある目には見えない大切なもの。
作り手の心を観じながら生きていたい。

富貴晴美のマッサン -メインテーマ- はいい。
立ち向かう心の葛藤と涙の向こうの歓びをうたうから。
未来は明るいと信じている。
あきらめないよ。そうしないとね。
https://www.youtube.com/watch?v=4MPbK_gph_4





posted by 平井 吉信 at 22:49| Comment(0) | 食事 食材 食品 おいしさ

2015年06月06日

ランチの神山 自然散策の佐那河内 中を取り持つ鮎喰川と大川原高原


ベートーヴェンが田園交響曲をつくった頃、
ウィーン近郊の谷を彷徨いながら楽想を得たとされる。

都市の近くの里山は多くの人にとって糧となる。
徳島市及び周辺に住む人にしてみれば
1時間も走れば清流も里山も行き放題、
新鮮や野菜も求め放題なのに
徳島は何もない、
との自嘲コメントがきょうもどこからささやかれていそうだ。

観光(振興)なんか止めて、
地域のありのままの
暮らしのユートピアをつくることを夢見て
その過程も含めて発信してみては?
と思ってこのブログを続けているし、実践もしている。
それは365日一生変わることはないけれど。
(地道な日々にパフォーマンスは要らない)。

さて、徳島市に住んでいる人が
半日の時間が取れるとしよう。
散策、自然観察、ドライブと食事、地元の食材の調達、川遊びと
やりたいことはたくさんあるし、
美郷、阿讃山脈の麓、上勝・勝浦、由岐日和佐、丹生谷と選択肢は多い。
そのなかでもっとも近い佐那河内村と神山町に出かけてみよう。

佐那河内は、徳島市に隣接しながら
いまでは県内唯一の村。
文化の森県立図書館から10分の距離にあって
天文台を備えた山野草の名所、大川原高原や
自然観察のできる場所が縦横無尽にある。

そこからトンネルを西に越えると神山町がある。
ダムのない清流鮎喰川がまちを貫流しながら
芸術家と住民がアート作品をつくる取り組み、
近年ではITベンダーのサテライトオフィスが進出することで注目されている。
上勝もそうだが、ひなびた山中に思いがけずカフェに出会う土地でもある。

仕事の話では
リーン・スタートアップの考えを取り入れて
いま取り組んでいる2〜3の事例で応用してみようと
構想を巡らせ仮説を構築しているところ。
仕事は精力的に取り組んでいるけれど
年に数回の怠慢も悪くないと
カフェと自然散策を描いて、まちから抜け出した午後。

きょうは山里の細い道を駆け上がったところにあるという
ピザ窯へ出かけてみた。
昼過ぎに到着したものの、
あいにく生地が売り切れてしまっていた。
それもまたそれでいい。
売り切れもまたごちそう、と気にならない。
(次に来て味わえる感動が待っているから)
運が良ければ、次回は味わえるかもと…と山を降りた。

降りたらすぐにカフェがある。
和食を中心にていねいなランチの店。
駐車場が1台だけ空いていたのでこれ幸いと入店する。
(ここから上手にはさらに数軒のカフェや食堂が。ランチのまち神山なのだ)。

自然光とほのかなタングステンの光が溶け合う店内で
ゆっくりと食べる昼食はそれだけでごちそう。
ここも感じの良いお店でいつも来ている。
(いつも分刻みの生活なので)

食後に5分ほどクルマを走らせると
鮎喰川の絶景が見えてくる。
川面を渡る初夏の風、草いきれ、虫の声、鳥のさえずり、
オーケストラのように楽器を出し入れしては合奏。
日常のなかの非日常、非日常のなかの日常。
ありふれていながら、得がたいもの。

ここで電話が鳴ったとする。
急きょ県庁で会議をすることに。
いまから半時間で行けると返事。
これは架空のできごと。それができそうなのが徳島。

多くの人が気付いていないが
徳島の良さは川にある。
多くの人が神山を訪れるのも
都市の近くでありながら
川に浸れるから。
人は水辺を求めるのは遠い祖先の記憶(DNA)なのだから。

帰りがけに少し寄り道をして
佐那河内村の大川原高原へ。
といっても風力発電と旭ヶ丸、天文台のあるあの高原ではなく
そこから少し下ったところにある池を散策してみよう。
(いまの時季は山野草はあまり咲いていないから)

信州の湖の畔のようだが
居心地がいいのは生き物たちのビオトープになっているから。
整備された散策路や自然観察路がここから上へと伸びている。
でもきょうは時間の関係で池の周辺だけにしよう。

こんなところで焼きたてのピザをいただけたらそれ以上何を求める?
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店内は山の薫風が流れている 時間はゆっくりとたゆたう
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野菜を中心とした和のテイストはいつもながら
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すぐそばの鮎喰川を眺めてみよう
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空はどこまでも青い ここは日本
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水は翡翠に沈む ダムがないから
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大川原高原だけでなく自然散策のコースも(佐那河内村)
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キャンプ場のほとりには沢から流れ出した水を溜めた池がある
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浅い水から深い水への遷移で生き物の多様性が確保される
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また来てみよう
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posted by 平井 吉信 at 12:21| Comment(4) | 徳島